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誰でも”不思議”と感じるものには、興味が湧く。
それには、大人も子供も関係など無い。
人が何かに惹かれるのは、常に、そこには理由があるから。
心から惹かれ合う２人にも、きっと、そこには理由があるはず。
互いの知る顔、自分が知る顔。
相手しか知らない顔、互いに知らない顔。
そこに秘められた想い、幾つもの感情を見せる表面。
大好きな人が持つ、幾つもの顔――”ｆａｃｅ”。
”１番”には、どれを選び取るのだろうか……？
俺と君を包むように、モノトーンの世界が近付く時刻。
校舎裏の緑が揺れ、下校を促す鐘の音の物悲しい残響。
肩を震わせる君が泣く声を、ただ聞いていた。
俺の腕の中にいる君の泣き声を、ただ、いつまでも――。
仲間に囲まれる君は、いつも楽しげに笑っていた。
君の”横顔”は――強がりな君という、虚像。
それを遠巻きに眺めてた俺は、彼女の何を知っていたのか。
こうして向き合えば、何て淋しがり屋な――本物の、君。
――俺は、本当に……狡賢い男、だ。
自分だけが、会いたい想いを我慢すれば良いと思っていた。
君と居られない時は、ひっそりと見詰められたら良いと考えていた。
君の重荷にならない恋であるように、自分の焦がれる想いで潰れないように、と――。
そうした俺の狡さが、知らないうちに、君を傷付けてしまった。
これが、俺自身を誤魔化し続けた結末――。
両腕に抱えるが、とても愛しい。
それなのに、俺の腕は遠慮がちなままで、君に触れ続ける。
強く抱けば、繊細な硝子細工が砕けるような危うさを孕んでいるようで、それほどまでに、今の彼女は――とても儚げだった。
「…………ごめん」
君が許してくれるまで、何度でも謝ろう。何度も、何度も――。
泣きじゃくるの旋毛に、俺は頬を寄せて謝った。
柔らかな体温と香りが、元気な彼女を繊細なものとして感じさせる。
尚更、両腕の中の存在が愛しくなった。
――もっと早く、こうしていれば……良かったんだ。
彼女を、この腕の中に閉じ込めていれば――。
彼女に、想いと温もりを伝えていれば――。
大切な、大切な――俺の、可愛い女の子……。
「――ぇぐ、もう、良いん……っく、です……」
ぐずっ、と鼻を鳴らしたが、俺の腕の中で隠れるように身動ぎをして言う。俯いて、その瞳に溢れた涙を拭う姿を見せまいと、しているようだ。彼女の前髪が、俺の制服の生地と擦れ合う音を、
僅かにさせていた。
「……」
今、俺が対峙する君は、淋しがり屋な本物なのか、意地っ張りの偽者なのか――。判断に迷って彼女を抱き締められずにいる俺は、2人の間に出来てしまった距離を感じた。
「ちゃんと、大石先輩の”横顔”を……見てれば良かったんです」
小さな声でが喋る。その声音は、どことなく後悔を滲ませて。
「俺の、”横顔”……を？」
の言葉の意味を、俺は尋ねた。
俺の”横顔”は嫌いだと言ったが、今更、どうして、そんな事を思うのか、と――。
腕の中にいるがモゾモゾと動くと顔を上げるのが、判る。
彼女が次に口にするだろう言葉に、俺は神経を集中させた。
「そうしたら、もっと早く……ちゃんのこと……」
ポツリ、ポツリ、と話すの元気の無い声がする。
話し終えると、またが俯いてしまうのが判った。
彼女の髪の香りが、俺の鼻先を微かに漂う。
――と英二を見てた顔は、誤解を招く顔をしてたのか……？
俺は、悩んでしまう。
と英二を見て微笑ましく思ったのは、確かだ。
それは、２人が楽しげで、互いだけに解る口にしない想いが、見えた気がしたからだ。
それが少し眩しくて、羨ましくて――。
自分との関係に、足りないものが見えた気がした。
１人で想うんじゃなくて、互いで想い合うのが大切で――。
互いの瞳は、２人だけが知る、想いの言葉を語るから――。
どうして、が”正面顔”に拘るのかが、解る気がする。
――もっと、自分を知って欲しい、解って欲しい。
彼女の、そんな想いの表れで――。
――ずっと、自分だけを想って欲しい。
彼女の、そんな小さな願いの表れで――。
――自分だけが知る、特別な顔を見せて欲しい。
彼女の持つ、俺への独占欲の表れで――。
それなのに、お前は……。
大好きな友達や俺の為に、今、その手を離そうとするのか？
突拍子も無い、向こう見ずかと思えば、こんなにも優しい。
。そんなんじゃ、お前が……損をしてしまうぞ？
甘えたがりな彼女の旋毛に頬を寄せ、俺は声無く、笑む。
闇に染まる緑が冷たく見えるのに、この腕の中にいる彼女は、何て温かいのだろうか。
愛しくて、可愛い君は――。
「そんな事じゃ、一生を懸けても解らないよ。には……」
愛しさが、目に見えて溢れる気がしてくる。そう思う俺は、目を閉じて、の旋毛へと頬擦りをして話した。
「ヒドイ……ッ！ 大石先輩ってば、意地悪です！！」
俺を非難する声を出したが、腕の中で暴れる。
遠慮がちに彼女を抱いていた両腕を少し締め、彼女を暴れさせないようにした。
「意地悪なのは、どっちだよ……」
浅い溜息を吐き、俺は更に両腕へと力を加える。
どうしたら、彼女の不安を取り除けるのか。そんな事も判らない俺は、にとっての彼氏として失格なのかもしれない。
――不安に思うことなんて、無いのに……。
いつだって、俺は……。
君以外を想う事なんて無いのに――。
思いの外、俺の抱き締めは、にはきつく感じるのだろう。
彼女は身動ぎすると、苦しそうな声を上げる。
「ぅ、わ……っ？！」
１度息を呑んだが、息苦しそうな呼吸を繰り返すのが、耳へと届いたが、俺は腕を緩める気にはなれなかった。
「お前の眼、曇り過ぎだ。……何にも、見えてないだろ？」
自分の腕の中にいるに対し、俺は愚痴を少し零す。
泣き虫になったの大きな瞳に、俺はちゃんと映っているのだろうか？
きつく抱き締めても、彼女の腕が自分を抱き返してこない事に気付いた俺だが、事実を確かめるのが怖い。
――俺の想いは、……お前に、届いているのかい？
拙過ぎる俺の想いの伝え方では、に……伝わらないか？
伝えたい想いは、こんなにも膨れ上がる一方なのに――。
抱き返してくれない彼女に、焦りを感じてしまう自分自身を解放するように、俺は両腕に込めていた力を抜いた。
「ぅ〜〜……っ、……私、悪くないもんッ！」
腹立たしいと言いたげなの唸り声が聞こえてくると、言葉に出来ない程の怒りが、そこへ含まれている気がした。が頭を横振りすると、俺の制服の生地と彼女の髪が喧嘩をするような摩擦を起こす。
「あぁ、そうだ。は悪くない。……何も、悪くないよ」
機嫌の悪いの声に、俺は首を縦に振る。
彼女は、何１つ悪くない。
１人で勝手に彼女を想い過ぎた、俺が悪い。
の”横顔”を見ていたい、そう思う俺が――。
あの日のは――２人だからこそ、”正面顔”が良いと言った。
その言葉の意味を、もっと深く、考えていれば……。
その言葉の真意を、もっと早く、彼女へと問えば……。
君を１人で想いたがる、片想いが好きな俺は、どうしたら――。
、君に……赦してもらえるんだろうか？
赦しを乞うような気持ちで、俺は彼女を抱いていた腕を解き、その手での背を繰り返し、ゆっくりと撫でる。
「お、大石先輩……？」
俺の行動に戸惑うが、不思議そうに俺の名を呼んだ。
「全部悪いのは、俺だから――」
問われる罪があるとすれば、それは俺のものだろう。
そんな気持ちでいる俺は、俺の名を口にしたへ言葉を返した。
こうして泣かしてしまった事も、悲しませてしまった事も、不安にさせてしまった事も、全部、全部……。
「え……？」
驚きを含んだ声が、彼女の口元から小さく漏れたのが聞こえた。
その声を耳にした俺は、彼女の背を撫でていた手を止める。
１つの決意を、胸に秘めて――。
闇が深まる前に、校舎裏を抜ける風が吹いた。
葉擦れの音が、ざわざわと俄かに起こっている。
空を往く鳥の姿は、無い。
「お前が……が、今が嫌なら、やり直そう」
静かな、それでいてしっかりとした口調で、俺は意思をへと伝えた。
――今までのような曖昧な両想いなんかじゃ、なくて……。
と俺が、ちゃんとした１組の、恋人同士になる為に――。
２人の想いを確かめ合い、初めて向き合った顔をして――。
ここから、もう１度……。
俺の言葉に、彼女が応える気になったらしく、が俺の胸元から頭を離した。彼女の髪の先が、俺の目の前で揺らめく。
「……先輩が……そう、決めたんなら……」
ポツリ、と淋しそうな声でが話すと、彼女の細い腕が俺の胸元を押し返すようにして、腕を突っ張った。
――な、何なんだ？！ この手は……っ！
自分の胸元を押している手を、俺は驚きの顔で見下ろす。
「え？ ……ちょ、ちょっと待て！」
目を見開いたまま、俺は焦った声での行動を制止した。
「……ちょこっとでも、先輩のカノジョ気分で楽しかったです！」
顔を上げたが、綺麗に笑う。
その笑顔が、あまりにも楽しげで、笑顔に隠された意味を疑問に思った。
「何、だって……？」
眉間を寄せた俺は、硬い声を出して問う。
言葉に出来ない嫌な緊張感を、自分の肌が感じ取っていた。
――”ちょこっと”って何だ？ ”楽しかった”って、何で過去なんだ？！
の態度に、俺の眉間の皺が増す。
それを見ていたのだろうか、彼女の表情が暗くなった。
「ず、図々しくて……ごめんなさい……」
しょぼんとした顔で、が口を開く。
日頃の元気な声の欠片も無い声音が、謝りの言葉を述べた。
「そうじゃないだろっ！ 違うだろ？！」
自分の知らない顔をして見せるに、俺は荒れた声を上げる。
他人行儀なんて――全然、彼女らしくない。
俺の知ってる、彼女らしさなんかじゃない……。
俺の好きなは、もっと真っ直ぐに飛び込んでくる女の子だ。
こんな態度を取るなんて、じゃない……！
俺の右手が、自分の胸元を押し返すの細い二の腕を掴んだ。
「だ、だってぇ〜……」
困った声を上げ、眉を寄せた彼女は、何と弱々しい顔をするのか。
の大きな双眸が上目遣いで、俺の目を捉えていた。
「それとも……お前、本気で俺を振るのか？」
じっ、と彼女へ視線を定めた俺は、へと静かな口調で尋ねる。
「そ、そんな事、言われても……」
大きな瞳が、あちらこちらと落ち着き無く泳いだ後、彼女の顔が俯いてしまった。
「図々しくて、良いんだよ！ がそうでないと、俺が困る！」
どう伝えれば、は――いつもの顔を、俺に見せてくれるのか。
伝え方が判らなくて、手に掴んでいた細い二の腕を引き寄せる。
俺の心に飛び込んできてくれるのは、いつものほうだった。
君を受け止めるのに慣れっ子になった俺は、飛び込んでくる君を捕まえるのが得意になった。
勇気の足りない俺は、君のように飛び込むのが下手だから、どうしても、こんな状況では尻込みしてしまう――。
こうして、引き寄せたを腕の中に捕まえておく事が、今の俺に出来る精一杯だった。
「……はい？！」
俺の右肩辺りから、のくぐもった驚き声が聞こえる。
その良く通る声音は、いつものに近付いた事を俺に教えた。
「そうじゃないと、俺が……困るんだ」
どうしても受身になりがちな俺は、の出方を待ってしまう。
如何すれば良いかも判らず、途方に暮れるような声で彼女へと話した俺は、彼女の背に掛かる長い髪へと、手の先を沈めて、柔らかに掴む。
「どうして、ですか……？」
躊躇いがちに話し掛けるの声が途切れると、揺れていた緑が静かになる。静けさの中で聞こえてくるのは、大きく脈打つ、自分の心臓の音ぐらいだった。
――今なら、伝えられそうだ……。
そう感じ、深く息を吸い込んだ俺は、へと言葉を告げる。
「それは――好き、だから」
言葉を伝えた俺は、自分の両腕に力を加える。
言葉では言い尽くせない想いを、伝える為に――。
口を噤んだ俺は、を抱き締めたまま、空を見上げた。
翳る校舎裏は、既に薄闇の中――。
学校の敷地外では、所々にある街灯が灯り出す。
切り離されたような空間には、沈黙が漂っていたが、暫くすると、が腕の中でモゾッと身動ぎした。
「”隙”、だらけ……？」
間の抜けたの声が、俺の言葉を聞き返す。
その言葉に、俺はガックリと肩を落とし、彼女を捕まえていた腕をゆっくりと解いた。
「……あのな、”好きだから”だよ！」
深い溜息を吐いた後、俺はへと言葉を強調して言う。
「……へ？」
きょとんとするの口から漏れた声は、言葉を理解出来てない
証拠だった。
大きな目が忙しそうに、パチパチと瞬きを繰り返す。
豆鉄砲を食らったようなの顔が、可愛くもあり、憎らしい。
「まったく……何回、言わせたいんだよ///」
そんなにも、俺の言葉は信用ならないのだろうか。
彼女の様子に、俺は苦笑を漏らした。
――そりゃ、”今まで返事を待たされた分だけ言え！”と、言われれば、きっと言ってしまうのだろうけど……。
そう思って、苦笑を漏らし続ける俺の顔を見ていたが、我に返ったような顔をする。
「……い、今、”スキだから”って、聞こえ、ましたけど……？」
人の言葉を幻聴のように思ったが、俺へと確認するように、聞き返していた。
「あぁ、そうだ」
真面目な顔をした俺は、彼女へと首を縦に振って見せた。
「し、信じられません！！ も、もう１回……」
首を左右に強く振ったが、必死な顔で俺を凝視すると、両手を広げた彼女が、ぎゅっと俺の身体にしがみ付く。
「しょ、しょうがない奴だな……///」
正直、改まって言うのは、かなり照れ臭くて困る。
そう思う俺は、の取った行動に苦笑を漏らしていた。
「大石先輩……言って？」
笑っている俺に我慢できないのか、が俺の顔を仰ぎ見て言葉を強請る。
その声に、俺はを見下ろした。
好奇心の強い君の双眸が、俺の目を捉えると、”心を見せて”なんて顔をして見せるから――。
俺は、それに応えるしかない。
「――、好きだ」
柔らかな光を湛える三日月を真似た目元を見せ、優しく笑み、俺は祈る。
の心に響くように、君の双眸に映り込むように、消える事が無いように、と――。
「……好き、なんだ？///」
心底嬉しそうな笑顔をして見せた彼女が照れ笑いをした後、俺に抱き付いてた腕を解いたは、彼女自身を指し示す。
「あぁ。誰でもない、”お前”を……な」
真っ直ぐな視線をへと向け、見詰めた。
言葉以上のものを伝えるには、とても大切な事だから――。
「私も……大好きです！///」
大きな目が綺麗に細まると、俺に向けて想いを伝えてくれる。
が満面の笑みを見せてくれた事に、安堵する自分を隠して笑顔で言葉を返す。
「たくさん教えて貰ってるから、それは知ってるよ」
素直な気持ちを表すの顔を、”横”も、”前”も、多くのものを見詰めてきた自負がある。自身が気付いていないかもしれない顔さえも――。
「え〜？！ そんなの、ズルイです！ 私も知りた〜い！！」
今まで嬉しそうに笑ってた顔を一気に曇らせたが、両頬を膨らませると、ご機嫌斜めな声で話した。
「可笑しいなぁ？ ……こんなにも教えてやってるのに、な」
俺を仰ぎ見るの額へと、俺は片頬を寄せて笑いながら、とぼけた声で喋る。視界が悪くなった事を抗議するかのように、が俺へと回した両腕に力を込めた。ぎゅう、と抱き締めてくる温もりに、俺の心が温まっていく。
彼女の額から片頬を離さない俺に観念したのか、が俺の背で両手をトントンと跳ねさせながら言う。
「正面顔……たまには、見せてくださいね？」
の甘ったれた声を聞きながら、俺は目を閉じて笑った。
こうすれば、俺の片頬の下の君の顔が容易に描ける。
「見たくなったら、いつでもおいで。……な、？」
君を誘うような言葉を面と向って話すには、まだ照れ臭い。
甘い声で彼女へ答える事が、今の俺に出来る精一杯。
――、君に……約束するよ。
この照れ臭さに慣れたら、いつでも見せてあげるよ。
君を想う、俺の――全ての、”顔”を……。
空には、闇――。
校舎裏の翳りは、照れた顔を隠すのには丁度良い。
仄暗い闇は、想い合う恋人同士に優しくて――。
この闇に紛れ、今は愛しい身体を抱き締めよう。
また明日から始まる日々で、日の光に照らされる幾つもの君の”顔”を、思い浮かべる事を楽しみながら――。
もうじきやって来るだろう邪魔者達の足音が響くまでの、後、もう少しの間だけ……。
【This is the end of the story.】