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初めて恋人同士になってからのクリスマス･プレゼントで、アナタから贈られたものは、私の誕生日と名前の刺繍入りクマさん。
嬉しくって、嬉しくって、アナタの目の前で大ハシャギ。
呆れた顔のアナタ。でも、その眼差しは柔らかかった。
初めて恋人同士になってからのクリスマス・プレゼントで、アナタへ贈ったのは、アナタの誕生日と名前の刺繍入りクマさん。
どこか知っていたかのように、驚き顔もしないアナタ。
私に柔らかく笑って、感謝の気持ちを伝えてくれた。
私が贈りたかったものを
私が欲しかったものを
アナタには、どうして解ちゃうのかな？
ねぇ、言葉にしなくても、私の心は伝わるの？
ねぇ、心だけ伝われば、私の言葉は要らないの？
年に１度のクリスマス。
今宵は、誰もが愛すべき人へ、ささやかな愛を贈ろう。
当時、片想いした大好きな人と特別な関係になっての、初めてのクリスマス。
学生らしいというか、幼稚な思いつきでプレゼントした彼の誕生日と名前の刺繍入りされたクマさんを、私はお気に入りのめーたんと一緒に置いている。
本当なら、私の大好きな人で恋人である大石先輩本人が持っているはずのクマさんが、どうして私の手元にあるのかという理由は、この際、省略しちゃう。
そして、大石先輩の部屋に居てる私が見詰めるクマさんは、大石先輩の愛用の目覚まし時計へ寄りかかっていて、そのクマさんの足の裏には、私の誕生日と名前の刺繍が施されている。
私の部屋に居る秀一郎クマさんとは、大違いなのは一目瞭然であり、とても綺麗にしてもらっていて、大事に扱われているのが判る。
彼女としての私の立場からすると、大変複雑な気持ち。
だって、ズルイじゃない！ 悔しいじゃない！
私と大石先輩が一緒に居る時間より、クマさんと一緒のほうが長いんだよ？
いかにも、”大事にしてます〜ｖｖ”って感じで、愛されているのが羨ましい過ぎるんだもん。
それよりも、我が部屋の秀一郎クマさんは、修復が難しいぐらいに痛んでる。
ちょっと大石先輩には見せれない……と、目の前のクマさんを見る度、かなり胸が痛む。
でもね、秀一郎クマさんは、私の嬉しいコト、悲しいコト、楽しいコト、辛いコトを何でも知ってる。
ギュッて抱きしめたり、頬擦りしたり、鼻先にキスしたり、たまに怒って床へと投げつけたりするけど、いつも一緒。
淋しくて涙する日も、その涙を飲み込んでくれるのは、秀一郎クマさん。
ある意味、大石先輩よりも大好きな、彼の分身。
「？ どうかしたのかい？」
いつも変わらない柔らかな物言いと、穏やかな声音。
大石先輩のベッド上へとのっかり、正座をした私が自分の分身と対峙する姿を見て、怪訝な顔で話しかけてきた大石先輩。
「え？ ……あ、うん。クマさん、何年も経つのに色褪せないな〜と思って」
感心した様子でいる私へと、望遠鏡の手入れをしていた大石先輩が手を止め、ベッドサイドに近付いてくる。
「そうかな？ 窓に近いから、結構色褪せてると思うぞ？」
大石先輩は胸元で腕を組み、首を傾ける。
どうやら、もう何年も昔のことになる当時の状態を思い出しているらしい、その表情。
「そうかなぁ……？ でも、大事にお手入れとかしてるんでしょ？」
ちょっと口を尖らせた私は、右隣でベッドサイドに立っている大石先輩を見上げた。
見下ろす大石先輩は、私と目が合い、軽く笑う。
「お手入れ……っていう程のことはしてないさ。まぁ、たまに手洗いするぐらいだ」
ハハハって軽く声をたて、茶目っ気たっぷりにウインクする大石先輩。
「私だって、秀一郎クマさんを手洗いぐらいしてますよ！」
「もう！」と勢い良く膨らませた頬を見せ、軽く睨んだ私に、大石先輩は肩を竦める。
「そうか。……後は、こうしてるよ。たまにだけど、な」
そう話した大石先輩は、私の目の前で目覚まし時計に寄りかかるクマさんを持ち上げると、そのクマさんの鼻先へと優しく口付ける。
正直、見ている私が恥ずかしい。両頬を押さえた私は、黙って俯く。
大切に扱われてることを知ってしまうと、尚更、私の部屋の秀一郎クマさんを申し訳なく思ってしまう。
もし、次にクマさんと揃って並ぶ日を迎えたら、大石先輩の落胆振りが窺える。
……かといって、今更どうしようもない訳だけれども。
……扱いが雑くってごめんね、秀一郎クマさん。
私は胸の内で、愛しい彼の分身をそっと想った。
そんな私の目の前で、大好きな人は首を傾げる仕草を見せ、覗き込んでくる。
「そういうは、どうなんだい？ 大切にしてるのか？」
こんな時の大石先輩は、ちょっと意地悪だ。
きっと、私の大好きな人は、すでに答えを知っているはずだから。
だって、ホラ！
優しそうな顔をしながらも、眼が優しく笑ってないもの。
「も、もちろんだよ！ いつも一緒だよ！ お布団の中だって……ッ！！」
私は両手を握り締め、いっぱいいっぱいになりながら大石先輩へと話す。
本当に大事にしてるんだよ。
喧嘩した日は、私に八つ当たりされちゃうけど……。
家族が恋しくなる日は、ぎゅ〜っと力の限り私が抱きしめちゃうけど……。
私の傍で、いつも一緒に居てくれる優しい大好きな人の、分身。
「でも、明け方には布団から弾き出されてたりするんだろう？」
ははっ、と楽しそうに笑って問いかける大石先輩。
私の寝相も、お見通し……なんだよね。
分身よりも、私をとっても良く解ってくれている大切な人。
私は少々バツの悪い表情をし、口元を尖らせてポツリと呟く。
「うッ！ だ、だって、私……寝相悪いんだもん……」
初めてお泊りした日、私の寝相の悪さを知ってしまった大石先輩。
そんな先輩は、いつもと変わらない優しい大きな手を私の頭にのせ、ポンポンと励ますように軽く叩く。恥ずかしくて俯いた私を気遣うような優しい仕草は、昔と変わらない。
「あはは。それぐらい、知ってるよ。それから――」
笑いながら大石先輩は、私が座る後ろ側へと腰を下ろした。
ベッドが重みでギシ……ッと軋む。
「そ、それから？！」
大石先輩の言葉の続きが気になる私は、慌てて後ろへと振り返る。
それから、両手をベッドに着き、グッと前のめりな体勢をとった私は、大好きな人を間近で見上げた。
「俺の分身が、相当痛んでるだろうってことも、何となく予想つくよ」
ビックリ顔で話を聞いていた私を見下ろすと、やや困ったような顔をし、眉をハの字にして笑う大石先輩はそう言った。
あぁ〜〜！ なんて想像力！ そして、脅威なる予想的中力！！
これだから、優秀ダブルスプレーヤーってヤツはぁ〜……。
私は大石先輩の目の前で、大きな溜息と一緒に、大きく頭を項垂れる。
大石先輩にとっては、何でもお見通しらしい私の行動。
恥ずかしいやら、申し訳無いやら、穴があったら入りたいぐらいだ。
いや、無いなら穴を掘るしかないんだけど……ね。
……とにかく！ それぐらい、情けない気持ちでいっぱいだ。
しょんぼりとして上目遣いで大石先輩を見上げた私。
困ったように微笑んだまま私を見下ろしている大石先輩と視線が合った。
「……どうして、解っちゃうんですか？」
我ながらつまらないコトを尋ねていると思うけど、やはり聞かずにはいれない。
私は姿勢を正し、大石先輩へ向き合うように座りなおしながら尋ねた。
「それぐらいは解るよ。何年付き合いがあると思ってるんだ、お前は」
”今更何を言ってるんだ。解らないわけが無いだろう”、そう言いたげな大石先輩の表情。
確かに、ごもっともです。
でもね、何年経っても秘密にしていたい事もあるんです！
とくに、こういうコトに関しては……。
私は、悪足掻きだと解りながらも、大石先輩へと話す。
「でも……大事にしてるんです。本当に、うんと大事にしてるんですよ！」
私は両手を強く握って、大石先輩の前で大きく上下に動かした。
言葉だけじゃ、気持ちが伝わらないでしょ？
こうして話せば、少しは気持ちが伝わりそうな気がするんだもん。
子供のような行動ではあるけど、真剣な顔で話す私を、大石先輩は笑わず、静かに見詰めている。その目は、いつもの優しい光を宿す。優しい光を湛えた目を三日月形にして笑う大石先輩は、私の右頬を軽く撫でながら私の言葉に答える。
「それも……解ってる。俺の分身は、”いつも一緒”なんだろう？」
そう、いつも一緒だよ。
四六時中、一緒に居れない大石先輩の代わりに、甘えたな私と一緒に居てくれる大石先輩の分身―ぬいぐるみの”秀一郎クマさん”。
先輩と大喧嘩した日の八つ当たりも、悲しい気持ちでの”ごめんなさい”を聞いてくれるのも、先輩の分身。
先輩との久し振りのデートが嬉しくて、眠れない日の添い寝も、待ち遠しい気持ちでの”羊が一匹……”の数え歌を聞いてくれるのも、先輩の分身。
「うん。……ずっと、一緒だもん！」
ちょっと誇らしいような気持ちで胸を張り、私は口元を大きく左右へ伸ばし、ニッと笑って見せる。そんな私の表情に、目を丸くした大石先輩。
でも、大石先輩はその表情を崩すと、とても嬉しそうな、それでちょっと悔しそうな複雑な気持ちでいる顔で、私へと笑いかける。
「なら、くたびれてても当然だ。の相手は……難しいからな」
大石先輩は大きく笑ってそう言うと、私の鼻先を人差し指で軽く弾いた。
弾かれた鼻先を慌てて両手で押さえた私は、眉間を寄せ、大好きな人を見る。
「そ、そんなことな〜い！！」
やや口を尖らせ、ご機嫌ナナメに私は軽く抗議してみた。
けれど、私の抗議など気にも留めない様子で笑って聞いている大石先輩。
「そんなこと、あるよ」
優しい目で私を見下ろす先輩の声は、柔らかい。
そして、どこか諭すような、その口調。
「ないったら、ないも〜ん！！」
私よりも私を良く知る大石先輩が、今の私にはちょっぴり腹立たしい。
軽く振り上げた両手で、私は大石先輩の胸元をポカポカと叩く。
も〜！ 余裕ありげな先輩の笑みが、ちょっと憎たらしいよぉ！
「ははっ……あるよ」
もう叩かれるのは嫌だな、と言いたげな表情をした大石先輩が、長い両腕を伸ばして私を捕まえる。大石先輩の胸元に抱えられるように捕まった私は、悔しいけど反論するのを諦め、大人しくすることにした。その代わり、私は自分の部屋に居る彼の分身を思い、大石先輩へと尋ねる。
「秀一郎クマさんがくたびれちゃわないうちに……お嫁に来てくれる？」
「それは……難しい相談だな、」
私を抱えたままの姿勢で大石先輩は困ったような声を出して話した。
思ったよりも早い返答に、私は驚いた顔で大石先輩を見上げる。
どうして、”難しい相談”なんて言うの？
せめて分身同士ぐらい、ずっと一緒にいさせたいのに……。
私の眉間はギュと寄ってハの字型。
”一緒にはなれない、無理だよ”っていう、遠回しな返事だよね？
それが、例え分身《ぬいぐるみ》同士でも……。
”ずっと、一緒に居たいよ”
そう思う自分がやんわりと拒絶されたような気持ちがして、それが悲しくて私は俯いてしまった。
「そ、そうなんですか？！ ……やっぱり、ムリな話ですか？」
明らかに動揺し、沈んだ声で、私は大石先輩へと問う。
「……の分身が、"俺と一緒が良い"って言うかもしれないだろう？」
大石先輩は私の背を優しく撫でると、クスッと笑って答える。
「……！！」
茶目っ気たっぷりな大石先輩の答えに、私は目を丸くして先輩の顔を凝視した。
そうだった……。
分身は、本物の一部だから……。
一緒がイヤってワケじゃなくて、私も、私の分身も、本物の大石先輩が好きだとすれば、やっぱり離されちゃうと淋しいもんね……。
大石先輩の考えたコトが少し解った私は、ホッとしたのと同時に、片頬を膨らませ、意地悪な視線を先輩へと送る。
「そんなの言うに決まってます！ あんなに大事にされてるんだもん！！」
ふぃ、と横を向いた膨れっ面な私を目の前にした大石先輩は、さも可笑しそうな表情をすると口元を緩める。
「ぷっ！ ……あははは！」
楽しげに笑う大石先輩から視線を外し、私は大きく肩を落とす。
大石先輩の言葉１つ、動き1つで、一喜一憂するんだよ？
ホントは、解ってないでしょ？ ……そんな私の気持ち。
「はぁ〜。……もっと丁寧に扱えば良かった」
大きな溜息を吐き出した私は、大石先輩の目の前で眉を八の字にして見せた。
”後悔先に立たず”とは、まさに、このことだ。
でも、ただ飾ってるだけじゃイヤだったの。
だって、あの秀一郎クマさんをくれた大石先輩は、クマさんへ命を吹き込むように、キスをしてくれたから……。
ただの人形なんかじゃないんだよ、って語りかけるように……。
私は黙ったまま、その当時の大石先輩を思い返していた。
ガックリと肩を落とした私の前髪に優しく触れた大石先輩が、利き手で髪を梳き、軽く額に口付けて言う。
「当分は、俺の分身がココへ通うしかないな」
自分の額に柔らかな温もりを感じ、私は大石先輩を見上げ、肩をすくめて笑いかける。
「そうですね」
ちょっとくたびれた秀一郎クマさんを、お出かけさせるのも良いかもしれない。
それに分身同士、たまには仲良く並ぶ姿も見てみたいもん！
大石先輩に、秀一郎クマさんを見せるのは、やっぱり勇気がいるけど……。
私は大石先輩が目の前に居ることを忘れて、思わず思考に耽ってしまった。
そんな私を覗き込むように背を丸めた大石先輩が、目を細めて見詰める。
「まぁ……案外、俺の分身も、の傍が１番好きかもしれないぞ？」
大石先輩の言葉に、私は首を傾げる。
秀一郎クマさん、本当に私の傍に居たがるかな？
だって、私が怒ると、八つ当たりされて痛い目に遭うんだよ？
……あ、でもね！
嬉しくって、チュってすることもあるし、ギュって抱きしめちゃうこともあるし、そんな時は喜んでるかもしれないよね！
そうなると、秀一郎クマさんも、傍に居たいって思ってくれるかも……。
そこまで考えた私に、ふっ……と疑問が浮かんできた。
秀一郎クマさん、”も”。
”も”……ってことは、秀一郎クマさん以外にも、私の傍がスキって思ってる人がいるってことでしょ……？
「え、え……っ？！ 俺の分身”も”……ですか？」
私は大石先輩を真っ直ぐ見詰め、先輩の言葉を復唱した。
聞き直しとはいえ、先輩の気持ちを確認するような気がした途端、何故か恥ずかしくなって頬が熱くなる。
「ん？ ……えっ、あ、いや！ その……参ったな。ははっ」
大石先輩は、私の聞き直した言葉に気付き、恥ずかしそうな声で困ったように答えると、その顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
照れたような笑みを口元に浮かべ、大石先輩は首元を掻いていた。
赤く染まる頬の大石先輩を見上げ、私も微笑む。
大石先輩も、私と一緒に居るのがスキ……って思ってくれてるんだね。
嬉しくてたまらない私は、えへへって笑い、大石先輩へとギュッと抱きついた。
先輩の広い胸に押し当てた私の左頬から、優しい温もりが伝わってくる。
その温もりを感じながら、私は大石先輩へとお願い事を告げる。
「もしも……秀一郎クマさんの首がもげたら、ちゃんと繋げてね？」
可愛らしく、大石先輩へ依頼してみるものの、その内容は、ちょっとエグイ。
私は誤魔化すように、ムギュ〜ッと力一杯に先輩を抱きしめた。
「あぁ。昔、手塚のレギュラージャージの穴を塞いだ時よりも、今ならきっと上手く縫ってやれるよ」
クスッと軽く笑って答える大石先輩が、私の旋毛へと頬を寄せて話す。
髪へと軽くかかる息に、くすぐったそうな表情をした私は、大石先輩を見上げる。
手塚部長のレギュラージャージを縫ったというのは、中学生頃の話。
そんな昔から裁縫をする男の人は珍しい。それも、かなり上手だったりする。
……しかも、その姿が結構決まってた、ううん、似合ってた、が正解だけど。
「……えへへ。良かった♪」
心底安心したように笑った顔を大石先輩へと見せ、私は嬉しそうに頷く。
私の旋毛から頬を離した大石先輩は、私を見下ろして軽くため息をつく。
「そんな風にお前に心配されて、愛される分身が、ちょっと妬けるよ」
あからさまなヤキモチの台詞を口にした大石先輩に、私は目を丸くする。
だって！ こんな大石先輩は、珍しいもん……。
かあぁ〜っと、一気に上気する両頬を押さえ、私は１度俯き、それから大石先輩を上目遣いでチラリと覗きならが言う。
「え……っと、そんな事ないですってば！ ……先輩が１番好きですよ？」
「そうかな？ ……は、それを証明できるのかい？」
首を傾げ、やや目を見開いて問う大石先輩が、私を見下ろしている。
「しょ、証明……ですか？」
難問な問いかけを復唱しながら、私は両手に抱いていた大石先輩を放し、右手でポリッと頬を掻く。
「あぁ、そうだ」
首を大きく縦に頷いた大石先輩はそう言うと、胸前で軽く腕を組み、私を見詰める。
「それじゃあ、好きなだけ……調べてみます？」
私はカーディガンの胸元を両手で軽く握り、大石先輩をチロリと見た。我ながら、ちょっと大胆な問いかけをしたと思うと、その恥ずかしさに、思わず大石先輩から視線を外して彷徨わせる。
「え……っ？！」
腕を組んだ姿勢のまま、前のめりになる大石先輩が、驚き顔で私の言葉を聞き返してきた。
「……大石先輩？」
私は困り顔で、愛しい人の名を呼びかける。
そう何度も言えませんよ！ 結構、恥ずかしいんですからっ！
早く答えて欲しいんですけど……。
「……あ、あぁ。でも……ほ、本気か？」
ハッと我に返ったような顔をした大石先輩は、途端に耳まで赤くすると、私へ念を押すように確認をする。
「あの……イヤ、でしたか？」
ちょっと大胆すぎる提案に、逆に気持ちを引かれたんじゃないかと思った私は、大石先輩から視線を外したまま、俯き加減で尋ねた。
「イ、イヤじゃない！ イヤなもんか！！ ……あ、いや、その……だな」
焦って答えながら、ブンブンと首を力強く左右に振った大石先輩。
勢い良く答えておきながら、そのあまりにも露骨な答え方を恥じるように、良い言葉を見つけようと、懸命に言葉を探る。沈着冷静な日頃の先輩とは思えないほどに、目が泳いでいる。
私は、勢い良く答えてくれた大石先輩へと、はにかんで笑って見せ、離れていた距離を埋めるように、先輩の首元へと抱きついた。
「……私の分身より、可愛がってくださいね？」
大石先輩の耳元へ唇を寄せた私は、こっそりと囁いてみた。
「もちろんだよ、。……やっぱり本物には敵わない。例え、お前の分身でもな」
大石先輩はそう言うと、優しく笑っていた。
静かな室内。
窓は強い風にあてられ、時折、ガタッと音を立てている。
いつもの水槽のエアーポンプ音も、大きく響いていた。
手入れ途中の望遠鏡が、部屋の片隅に置かれている。
チラチラと視界に入るけど、”手入れ、途中で良いの？”なんて聞けるほど、今の私には余裕が無い。
大石先輩の手でたどたどしくも脱がされた衣類達は、ベッドサイドの床上に散らばった状態。
白いシーツが大きくうねり、歪んでいるベッド上で、私は泳がされていた。
体が大きく仰け反り、足先を伸ばすたびに、シャッと布地が擦れる音がする。
優しい腕に溺れそうになり、度々、しがみ付く様に自分の両腕を先輩の首へ絡めると、私を組み敷く大石先輩が、口元を緩める。
「……どうかしたかい、？」
少し乱れた呼吸ではあるが、まだ余裕ありげな声で話しかける大石先輩に、私は情けないほど下がる眉と、赤くなる頬のまま、無言で見上げた。
どうしたも、こうしたも……こんな風にエッチしてるのに、私のこと気にかけていられるの？
私、こんなに余裕ないのに……ッ！
こうして、裸で抱き合う行為を、数えるほどしかしたことのない私が、慣れているはずも無く、未だ優しい先輩の愛撫に戸惑うことは多い。
「……んん……ッ」
首を大きく左右に振って意思表示をするのが精一杯。
だって、答える間も私に触れる大石先輩の手が止まることは無いから。
「それなら……いいよ」
短く答えた大石先輩は、私の右頬へと軽く触れるように口付ける。
柔らかな感触に、私は思わず首を竦めた。
ゆるゆると這う大石先輩の掌が、私の敏感な部分に触れる度、漏れる声を気恥ずかしく思い、大きく息を呑んで必死で堪えていた。そんな私を見ていた大石先輩が、私の耳元で話しかけてくる。
「……」
「な、何ですか……っ、お……大石せんぱ……い？」
かかる息の熱さまでもが、私を翻弄する快感の１つとなっていく。
その気持ちよさと必死に闘いながら、私は途切れ途切れに尋ねた。
大石先輩は、私の小さな丘に掌を触れ、緩急をつけるようにして優しく揉む。
敏感になっている感覚は、小さな動きですら、甘い痺れを起こす。
浅い呼吸を繰り返しながら、声を漏らさないように必死に唇を噛んだ。
「"好き"って……言ってくれないか？」
絶えず私の肌へ触れていた温かく大きな掌が動きを止める。
「…………？」
大石先輩を黙って見上げると、静かに私な大石先輩の双眸が、私の姿をその目に映す。
「せ、せんぱい！ わ、私ね、せんぱいが、ス……ッ、あ、あぁ……ッ！」
私の両胸の間をつつっ、と大石先輩の指先が滑べり、背を駆け上がるような心地よい痺れに、言葉にならない声が漏れる。
たった２文字の”好き”が言えない。
言葉を口にすることが出来ない自分を、もどかしいとさえ感じた。
最後の言葉を呑み込まされた私は、恨めしい気持ちで大石先輩を見詰める。
ねぇ、私の気持ち……試してるの？
意地悪しないで、言わせて欲しいよ。
伝えたいよ、大石先輩を”スキ”って気持ち……。
私の視線を感じつつも素知らぬ顔をし、私の首筋から肩へと、大石先輩は指先を滑らせ、脇腹へと進める。それと同時に、胸の丘から赤い舌を這わせ、頂へと辿り着くと、それを口内に優しく含んだ。更に、脇腹を一撫でした大きな手の指先は、私の身体の入り口をゆるく撫でる。
「あ、やっ！ ヤ、ヤダ……。まだ、言ってな―――……ッ！！」
必死になって先輩へ哀願するように話す私の声を聞き流した大石先輩の指先が、ぬるりと大きく滑った。充分に愛撫で潤ったことを指先で確かめて知った大石先輩が、熱の塊の先を私の入り口へと宛がい、ググ……ッと押し込める。
私は両目を見開き、１度大きく身体を仰け反らせた後、快感で打ち震えることに怖さを覚え、大石先輩の身体へとしがみ付いた。
「……ッ……ハッ…………」
ギュとしがみ付く私の耳元へ口付けを１つ落とした大石先輩が、掠れた声で私の名を愛しそうに呼ぶ。
「……ん……ッ！ あ、あぁ……ッ！」
浅く深くと交互に緩急をつける艶かしい先輩の腰の動きに、私はなすがままにされ、濡れた息と共に、短い声を上げる。
「……好きだ……」
乱れる呼吸に合わせ、短くも優しく囁かれた好意の言葉。
身体に触れる熱の優しさと、心を揺さぶられるような甘い言葉。
……私も。
……大石先輩が、好き。
先輩が、本当に……大好き……。
先に好きだという気持ちを大石先輩に言葉にされ、私は何も言えず、ただ強く先輩の身体を抱きしめることしか出来ない。
与えられる甘美な刺激に私の理性は失われ、大切な言葉を呑み込んだまま、２度と口の端にのぼることは無かった。
大好きな人の腕の中でシッカリと溺れてしまった私は、隠れるように掛け布団の中へ潜った。
……はぁ。
……何で、私ってば"スキ"って言えなかったんだろう？
こんなに……好き、なのに。
大好きなのに、たった２文字の"好き"が伝えられないなんて……。
言えそうで、あと少しで伝えられそうだった言葉を、快感に負けて、言えずに言葉を呑み込んだ弱い自分が情けないよ……。
思いっきりしょげる私が隠れる掛け布団をゆっくりと捲る大石先輩は、ご機嫌な様子で笑って話す。
「、いつまで隠れてるんだい？ 綺麗にしてやるから、出ておいで」
その弾んだ声音が、今の私の癇に障った。
大石先輩の表情と声は、まるで私が”スキ”って言えなかった事を、どこか喜んでいるとしか思えなかった。
私の”スキ”が、先輩のエッチな意地悪に負けちゃったのが、そんなに嬉しいことなのッ？！
そう思う私は、あまりにも悔しくなり、捲られた掛け布団を両手で強く握った。
その途端に、私の双眸からは大粒の涙が忙しく落ち始める。
「……っく。……うっ……うえぇぇ〜ん！」
我慢なら無いほどの悔しさが胸の内に込み上げ、嗚咽を漏らす私。
「え？！ ……と、？ ど、どうしたんだよ？！」
ティッシュを片手に持って待ち構える大石先輩が、慌ててそれを放り出し、泣き出した私を、その胸に抱えた。
「ひいっく。……ヒ、ヒドイよ！ そんなに、嬉しそうに笑わないでぇ〜……っく！」
ペチンと軽い音を立てるように、私を抱える先輩の胸元を叩いた。
「え？ な、何でだよ？」
そう困ったように答えつつも、大石先輩はやっぱりどこか嬉しそうに笑う。
「先輩のエッチな意地悪に負けて、”スキ”って言えなかったのが嬉しいの？！」
「エ、エッチな意地悪って、おま……ッ！」
「私だって、”スキ”って……言いたかったのに……うっ……わあぁぁぁん！」
だんだん腹立たしく感じてきた私は、怒りの勢いと悔しさをぶちまける様に、言いたいことを言い、大石先輩の胸元を押し返して、その場に身を伏せて大声で泣いた。
「わ、悪かった！ 悪かったよ、！ ……だから、そんなに……泣くなよ。な？」
私の様子に驚いた大石先輩が、その場にうつぶせた私を抱え起こすと、宥めるように懸命に背を撫でる。私は何も言わず、ただ嗚咽を漏らしていた。
大石先輩は、私の背を撫でる手を止めると、今度は私の頭を撫で始めた。
それは、小さな子をあやすような優しい手付きに、どこか似ていた。
３度ほど私の頭を撫でた手を止めた大石先輩の顔が、急に赤くなる。
「だって……嬉しいじゃないか」
少し照れた顔をして見せた大石先輩が、恥ずかしそうに口元を手で覆うと、ポツリと呟いた。
「……っく。ふ、ふぇ……？」
何で急に先輩の顔が赤くなるのか解らない私は、ポケッとした顔で先輩を見詰める。
俯き加減になる大石先輩の顔どころか、耳まで赤く染まる。
落ち着き無く視線を彷徨わせた後、先輩は私の顔を遠慮がちに覗いた。
「好きな子がさ、”好き”だって一生懸命伝えようとしてたら、やっぱり嬉しいよ」
大石先輩はそう言うと、はにかんで笑ってみせる。
その表情は、やはりどこか嬉しさで緩んでいるように見えた。
「……！」
私は大石先輩の言葉に、驚き顔をするしかなかった。
それって……私の気持ちに、気付いてたってことなの？！
伝えたいと思って、頑張ってたこと、解ってくれるの……？
何も言えずに黙って大石先輩を見詰める私に、先輩は構わずに話を続ける。
「でも、”好き”って言葉は短いだろ？ その言葉に、お前の心全部を詰め込むことが、途中で勿体無く思えたんだ。……だから、言えないように邪魔をした」
先ほどまで笑っていた大石先輩だが、話し終えると申し訳なさそうな顔で私を見詰める。その瞳は、優しい光を滲ませ、揺れていた。
「！！」
私が意地悪だと思っていた行為は、大石先輩が言わせたくない一心での行為だったと知り、とても安堵した。
自分の両目に溜まる涙を慌てて両手でゴシゴシと拭い、私は大石先輩の顔を見詰め返しながら話しかける。
「先輩が、あんな風に言葉を求めるって思わなかったから。絶対に言わなきゃいけないって思ったの。でも、言えなくて、それが悔しくって……」
「……そんなに言えなかった事、気にしてたのか？」
「バカだな」って言い、軽く笑った大石先輩が、私を少し強く抱き締める。
私の”スキ”って気持ちを伝えたいのに、伝えられなくて……。
なのに、先輩は私へさらりと”好きだ”って、言葉で気持ちを伝えてくれて、それは嬉しかったけど……。
私の気持ちも、言葉も要らなくなったのかと思ったし、伝えられなかった私の”スキ”が嘘に思われるのも、イヤだったの……。
「先輩がスキって言えないように、意地悪してると思ったの。……ごめんなさい」
そう言葉を告げ、私を抱きしめて旋毛に頬擦りする大石先輩へと素直に謝った。
頬擦りしていた旋毛から片頬を離した大石先輩が、私の赤くなった鼻先に、自分のものを軽く寄せ、ちょんと突いた。大好きな人の顔が間近に見え、私は何となく気恥ずかしくなり、俯く。
俯いて表情を隠してしまった私の右手をとった大石先輩が、私の手を自分の胸元へと添え、私の顔を覗き込み、この上なく優しい顔をして口を開いた。
「ごめん。……ありがとう、。……好きって気持ちも、言葉も、ちゃんと届いたよ」
大石先輩の言葉を聞いた私は堪らなくなり、ありったけの力でギュッと先輩へと抱きついた。広い胸元に顔を埋めた私は、大好きな人を両手一杯に抱き締めて言う。
「今度は、ちゃんと……言わせてね？」
「ははっ、そうだな。……考えておくよ」
私を抱き返しながら大石先輩は、優しい温もりを伝えるように、その柔らかな唇で愛しさを込め、私の唇へと押し当てた。
私が贈りたかったものを
私が欲しかったものを
アナタには、どうして解ちゃうのかな？
ねぇ、言葉にしなくても、私の心は伝わるの？
ねぇ、心だけ伝われば、私の言葉は要らないの？
愛しいアナタには、言葉にしなくても、私の心が通じちゃうんだね。
愛しいアナタは、言葉にならない私の心の声さえも、拾い上げちゃうんだね。
ねぇ、それでも言葉は欲しいでしょ？
ねぇ、それなら心ごと欲しいでしょ？
私の想いは、アナタのためだけに在る。
私が贈りたいものを
私が欲しいものを
アナタは、いつも知っている。
ねぇ、大切な私の気持ちを惜しまずに、どうぞ、愛しいアナタへと注がさせてください。
ねぇ、大切なアナタの気持ちを惜しみなく、どうぞ、私へ注いでください。
年に１度のクリスマス。
今宵も、誰もが愛すべき人へ、ささやかな愛を贈ろう。
【ＥＮＤ】