感想・お問い合わせは Web Clap！にて受付中
ほんのちょっとの出来事。
誰だって、試してみたい事であって。
まさか、それが罪深い事だなんて。
何も知らずに、私は――。
――何が、いけなかったんだろう……？！
私はヒヤリとする冷たい汗が、自分の背を伝うのを感じた。
楽しい部屋デートは、いつもの恋人の自室。
恋人の部屋は、いつもと同じ。
スッキリと片付いていて、変わりない。
態度も、日常通り。
やんわりと出迎えてくれ、こちらも変わりない。
――いや、ちょっと……違うよね？
今日の大石先輩は、やけに……ご機嫌だった気がする。
飲み物を用意しに部屋を出た大石先輩を見送った私は、早々にベッドへと腰をかけ、鼻をかむため、ベッドの棚に置かれるティッシュを手に取った。
何気なく、鼻をかんだティッシュを捨てようとした私は、ベッド脇に置かれるゴミ箱を覗き込んだ。新しいものに変えられたビニール袋の中に、主張するように入っている１つの開封済の包装物。
私は鼻をかんだティッシュを握ったまま、無言でそれを見詰めた。どう考えても、見間違える事の出来ないものが捨てられている。
――これ……。
アレ、じゃない？ え〜っと、いつも使う、その……。
そう、私が彼の部屋のゴミ箱で見つけたのは、紛れも無く、避妊具を包んでいたはずの袋が開封された姿だった。
――しかし……何故、開封済み？
私は、ベッドの上に仲良く並ぶ２つの時計を見た。
自分が訪れた時間は、昼を過ぎた１３時。
今、この時間に私を出迎えたのが、大石先輩１人。
そうとなると、家族は外出中だ。それは、午前中からなのか？
時計から視線を外し、私は慌ててベッドから腰を上げた。ベッドの掛け布団を両手で掴み、勢いに任せ、捲り上げる。シーツは、不必要に乱れた皺などは作っていないようだった。しかし、未使用という訳ではない。ところどころに、寝皺が寄る。さすがに、よからぬ毛を捜す気にはなれず、そのまま掛け布団を慌てて、掛け直した。
――これが、世に言う、……う、うわ……”浮気”なのかーっ？！
胸の内で盛大に叫んだ私は、目の前がクラクラとした。私は、ベッド脇にぺたりと力無く座り込む。
まさか、あの、大石先輩に限って――？！
いや……大石先輩だって、男だ。
間違いだって、在り得る。
”が彼女だよ”って私に言った最後は、いつだった？！
私は頭を抱え、うんうんと唸りそうになる。
――ねぇ、さっきの本物……？ ガムの包みと、見間違えてた？
私はチラッ、とゴミ箱へ視線を移し、腰を浮かす。円形の箱を、そっと覗き込んでみる。
――あぁ……私が鼻をかんで捨てた紙と、やっぱり仲良くある。
両手で顔を覆い、元の位置に座り込む。指の隙間から見えるゴミ箱が、その中の開封済の包みが心底憎い。私はギュッと強く目を瞑り、そろり、と目を開けた。それから、床上へと両手を着く。
――浮気を詰ってはならない、って昼ドラの誰かが言ってた。
それから、誘導尋問をしながら、探りを入れて――。
考えが纏まりつつあると同時に、急に軋み出す階段の音。徐々に近付く足音に、私は目を見開いた。
――カタン、カチャ……。
ギイィィィ……。
ゴクリ、と咽喉を鳴らした私は、全身が硬直する。その扉を開ける人物が、初めて知らない人の顔に見えた。
「……今日はカルピスの気分じゃ、なかったか？」
きょとん、とした大石先輩がえらく緊張感の欠けた声で問う。
「――いえ、頂きます」
顔にぺったりと笑みを貼り付けた私は、言葉を短く返した。
――シーン……。
静まり返る室内は、気持ち悪いほど、会話が成立しない。ギクシャクとした不穏な空気と、２つの時計の輪唱だけが、積み重なっていく。
私はストローを銜えたまま、両手でガラスコップを持つ。氷が崩れてガラスコップと当たり、カラン、と音を鳴らした。ガラスコップの中の白い液体は、上澄みだけが薄くなっている。
まるで、自分と大石先輩の関係のようだ。自分達の間に不必要な物が混じり、想いが薄くなる――。溶けては消えてしまう氷と、薄まる白乳色のカルピス。私は、それを静かに眺めていた。
「……そんなに、カルピスが好きなのか？」
沈黙に耐えかねたのか、可笑しそうに笑った大石先輩が、私へと訊いた。その笑みを見た私は、キリッ、とした痛みが胸に走る。
――平然と、笑えるの……？
悔しさを隠して、私はストローの先を噛んだ。
大きな手は、私の向かいの位置で、テーブルに置くガラスコップに挿したマドラーを摘んでいる。カラ、カランと軽やかな音を鳴らし、涼しさと爽やかさを醸し出す。
――その手は、誰に触れた？
……その手で、誰を抱いた？
噛み付きたい衝動を抑え、ガラスコップを握る両手に、力を込めた。
「今日は、やけに……大人しいんだな、」
私の名を、ゆっくりと形良い唇が音を紡ぐと、くすっと柔らかな音を立て、口角を上げた。
――その唇で、何を囁いた？
……誰に、触れた？！
私の中で抑え込んでた感情が、一斉に弾けた。ガン、とガラスコップをテーブルに叩き付ける。揺れた水面が円の枠外へ飛沫となり、飛び出ると、自分の手に掛かった。
「……、濡れてるぞ」
眉１つ動かさず、私の手元を見ている大石先輩が、布巾を手渡してくる。その大石先輩の様子で、直感した。
――ゴミ箱に何が入ってるのか、先輩は知ってる……！！
私は、愕然とした。
カルピスで濡れた手で拳を握り、わなわなと震わせながら、勢い良く立ち上がった。普段の大石先輩なら、驚いた顔で、私を見上げるだろう。でも、そうじゃなかった。眉１つ動かないその表情が、冷静な双眸が、私を見る。
優しさの尽きた、温もりの冷めた、その表情で――。
慕った人の変わり果てた表情に、私の心が慄く。
私は、怖くなった。
真実を暴く事も、真実に目を瞑る事も――。
何１つ選び取れないで、動けなくなる自分にも――。
そう、何もかもが――。
咽喉が急激に渇き、言葉が上がってこない。幸せ過ぎた記憶と、優しい温もりを、手離せないでいる自分に、息苦しさと戸惑いを感じ、眩暈がした。
「…………ぁ、ぁ……」
僅かに震えた唇から、空気の零れる音がした。それと同時に、室内が震えるように歪んで見えると、私は項垂れるように、そのままペタリと床上へ座り込んだ。
悲しいのか、怒りたいのか、掴み損なった揺れる感情に心を委ねたら、自分の瞳から涙がポロリ、と一滴零れた。その途端、堰を切ったように、涙が止め処なく流れ出す。唇は詰る言葉も声も無く、瞬きもせず、ただ雫の落ちる瞳で、大石先輩を見た。
歪んだ視界の向こうで、先程まで眉１つ動かさないでいた大石先輩が、酷く驚いた顔をしているのが遠く見える。
――愛や恋が崩れる瞬間は、音もない……。
壊せない物が、あっけなく壊れる。
想いが砕けるのは、風化する瞬間に酷似するのか……。
私は他人事のように、そう漠然と感じながら、近付いてくる大石先輩を見ていた。
「……、何で……泣くの？」
大石先輩の賢しげな瞳が、細まる。痛々しげに眉を寄せ、苦痛を訴えるような表情。間近になる恋人の息遣いの音を、私の耳が拾う。
――誰に、この音を聞かせたの……？
少し開いた唇が触れると乾いてて、それが何だか切なくて。
――誰と、こうしたの……？
ねぇ、誰と……？
悲しいのも、苦しいのも、全ては――私のほう、だ。
そう思っても重たく閉じる自分の唇には、もどかしいぐらいに言葉が乗らなくて……。
血の気が引いたような体の冷えた感覚や、重たくなる意識、全てから解放されたくなって、私は静かに瞼を下ろした。
「……おい、？」
耳元を撫でる息遣いと遠くなる声だけが、繰り返し、愛しさを謳っていた。
薄闇の中、両手で何かを押し開くと、そこは光り輝いていた。
見覚えのある風景に、記憶を手繰り寄せる。
あれは、確か――先週末のことだろうか。
私は、その時、何故か急に閃いたのだ。それは退屈凌ぎだった訳じゃないけれど、床上に置いたテニス雑誌を捲る手を止めた私の悪戯心が騒ぎ出した。
チラリ、と目を動かせば、近くには愛しい人の唇。何気なく、視線を移して相手の目を見詰めれば、それに応えるように、細まる目元。にっこり、と嬉しそうに笑って私を見下ろす大石先輩が傍に居る。
その笑みを受け、私も笑った。それは、もうニッコリ、と――。案の定、私の予想通りに少し背を丸めた大石先輩の形良い唇が、ゆっくりと近付いてくる。穏やかな物腰なのに、妙に艶かしく、積極的な動き。そのまま押し切られるのが、何だか悔しくて――。
私は――その形良い唇を、避けた。
「……あー、カルピスが飲みたいです！！」と、言って。
それを――２回、も……。
もちろん、大石先輩は、その後それ以上のアクションを、起こさなかった。それがまるで、駆け引きに勝ったような感じで、楽しかった覚えがある。
私が間違ったのは――その時……？
避けなければ、良かったの……に。
そう、あの時、避けなければ――。
フッ、と意識が浮上して、私は目覚めた。瞼を開いた私の目に映ったのは、見慣れた天井。それから、自分の額には冷えたタオルの感触。カラン、と鳴った聞き覚えのある音に耳を澄まし、自分がどこに居るのかを知った。
「後悔先に立たず、かなぁ……」
後悔する時点は、どこなのだろうか。私は、漠然と呟いてみた。
それは、口付けを逃げた時だろうか？
それとも、ゴミ箱の秘密を解き明かさなかった時だろうか？
「……目、覚めたのか？」
素の顔をした大石先輩が、ベッド脇から私の視界へと顔を出してきた。額に乗せられていた濡れタオルが、大石先輩の手で取り除かれるのを、少しの間、私は黙って眺める。
「もう、死んじゃいたい……」
額に乗っていたものが無くなったのを感じ、口を開く。自分の細々とした声が言葉を音にした事に、酷く安心を覚えた。
「……大袈裟だな、は」
私の言葉に、”ははっ”と軽く笑い、大石先輩がそう言った。身体に稲妻が走ったように、私の目が一気に見開く。
――大袈裟なもんか……っ！！
――バフン！！
私は飛び起きると、これ見よがしに思いっきり、綿と水鳥の羽で出来た枕で、大石先輩の顔を力の限りヒットさせた。
「……はぁ、はぁ」
力一杯、枕を大石先輩の顔に叩き付け、私は肩で息をする。
「……ったぁ〜」
右手で顔面を擦りながら、ベッド脇の床上へと尻を着き、大石先輩が声を漏らした。
「生きてなんて、いけないぃ〜……」
ベッド上に丸まった姿で、私は嘆いた。
――”恋が全部”、そんな訳ではない。
それでも、恋にかけた時間は大きかった。余所見なんてする暇もないぐらい、ただ真っ直ぐに、一途に想ってきたのだから――。こんなカタチで恋が終わるぐらいなら、”好きな人が出来た”と告げられるほうが、１００倍マシだと思った。
「もっと、責められると思った。……ちょっと、遣り過ぎかな？」
ベッド脇に両肘を着いた姿勢の大石先輩が、嬉しそうな顔を見せ、私を上目遣いで眺めている。
「――は……っ？」
ボサボサになった髪も気にせず、私はベッドシーツから顔を上げた。
「……。これ、”嘘”だよ」
プッ、と吹き出して肩を揺らす大石先輩が、ゴミ箱を片手で持ち上げ、私へ見せる。
「……嘘？ ……何で？」
私の目は一瞬だけ点になるが、すぐ疑わしげに大石先輩を見詰めた。どうして嘘をつく必要があるのか？それこそ、嘘ではないのだろうか？――と。
「が俺に騙された理由、ちゃんと解ってるだろうな？」
白けた眼で私の顔を覗き込む大石先輩が、私の鼻先に手を伸ばすと、ピッと私の鼻先を摘んだ。
「……ふぅん、が！」
解るはずがない。腹立たしさだけを、私の声が相手へと伝える。
「ソノ気のキス。……連続２回で避けられたら、俺も傷付くぞ？」
面白くなさげに口を開いた大石先輩の頬が、ほんのりと赤くなると、それに遅れて耳先が染まり出す。私の鼻先を摘んでいた手を、パッと離した。
「だ、だからって！ だからって、あんなのナシでしょ〜！！」
悔しくなった私は、両手を力の限り、バンバンとベッド上へと叩き付けた。安堵するよりも、腹立たしさが込み上げてきて仕方が無い。
「うん、ナシだな。……あれは、度が過ぎたって反省してる」
ベッド脇の床上から腰を上げた大石先輩は、そう話しながら、ベッド上へと腰を下ろした。這うような姿勢でいる私の背を、優しく触れると、静かに撫で始める。
「すごく、吃驚したぁ〜……」
でも、腹立たしいよりも、愛しさが込み上げる。傍にある温もりを手離さなくて良くなった事に、心底、ホッとすると、涙が零れた。
「見てたら、解るよ。……驚かせ過ぎたって事ぐらいは」
申し訳なさそうに眉を寄せた大石先輩が静かに話すと、ベッド上に身体を伏せる私の隣に横臥する。嗚咽を漏らす私の背をポンポンと叩くと、その手で頭を撫でてくれた。
「貧血を起こされた時は、さすがに……俺も、腰抜けた」
大石先輩が困ったように、力無く笑う。その顔を見ていると、本気で心配していたのだろう。それは、頭を撫でてくれる手が、いつもより冷たくて、緊張した後の手だと判るから――。
「キス……避けられるのって、イヤですか？」
目元の涙を自分の指先で拭って、私は大石先輩へ尋ねた。這うような姿勢にも疲れた私は、大石先輩と向き合うように身体を横臥させる。
「た、単刀直入だな。一応、男だから……逃げられたくないよ」
堂々と尋ねた私に、決まり悪そうな表情をする大石先輩が答えた。
よくよく考えれば、わざわざ身体を重ねるための手順を、きっちり踏んでくれる優しい恋人なのだ。その人の口付けを避けるのは、確かに意地悪な事以外の、何物でもないだろう。悪戯で避けた唇は、素直な恋に疑心を生む。両想いの恋は、もう駆け引きを楽しむ恋じゃない。この手痛い彼の悪戯は、私への――”罰”だったのだ。
「……意地悪過ぎる悪戯、もうしないでくださいね？」
大石先輩の偽りの罠に掛けられた自分が、ちょっと悔しく、まんまと、それに引っかかった自分が、恥ずかしくて――。私は上目遣いで、少しだけ唇を尖らせて言う。
「それを言いたいのは、俺のほうだ。……キス、避けるなよ」
私の悪戯に引っかかった大石先輩も、きっと私と同じように胸を痛めていたことだろう。可笑しそうに笑った大石先輩が、ふっ、と目元を三日月に模らせると、私との距離を詰めた。寄せられる先輩の唇に、愛しさを感じて私は瞼を閉じる。与えられる温もりに、己の犯した罪の赦しを乞う。
悪戯に貴方の心を試した、この偽り。
その罰は、この肢体を以って、貴方に償いましょう。
愛しい貴方の腕に、こうして溺れながら――。
――まわされた愛しい腕の重みを、素肌で感じて。
シャ、とベッドシーツの上を、自分の足先が滑った。肌を何度重ねても、1番慣れない感覚に身を捩る。宛がわれた熱の塊に、私は息を潜めた。
「……ぅ、ぁ……くっ！」
押し込められる質量に逆らうこともできず、ただ息を呑んでそれを受け入れる。眉間に浅く皺を寄せ、瞼を閉じていた。
「……大袈裟だな、は」
私の身体の両側に肘を着くと、大石先輩がそう言って笑う。全てが私の中に一時納まると、耳元に這わすような息に、私は首を竦めた。
「避けるのと焦らすのは、何だか似てるよな……」
かすれた声が、乾いた笑い声を微かに立てる。その言葉に思わず、私は目を開け、大石先輩を見た。ジッ、と大石先輩に見下ろされる眼に、抗いようの無いものを感じて、慌てて視線を外す。
「どうなんだろう？ ……試してみようか、？」
そう言った大石先輩が、ゆるり、と腰を引いた。落ち着いて納まっていたものが、引き抜かれていく感覚を生々しく感じさせられる動きに、私は口を開いた。
「……ぁ、ぁ……やぁ……」
昇りつめたい悦びの手前で焦らされると、自分の意志とは裏腹に、柔らかな刺激を夢中で求める自分の姿が浮き彫りにされてしまう。それが、堪らなく恥ずかしい。自我の崩壊、１歩手前のところを、理性と、欲が鬩ぎ合う。
愛しい人に触れられたいと声が漏れ、愛されてたいと揺れてしまう腰を、ひた隠ししていたはずなのに、いつの間にか、彼の目の前に晒されてしまう。
「試されるほうは、辛いよな。いや、今は……良いのかな？」
浅く緩い出し入れは、潤った秘部を熱くするばかりなのに、余裕ありげに話す大石先輩の声が、皮肉なほど冷静に響く。
「……よくなん、て……な、いっ……うぁ……っ！」
ぎゅっと懸命に瞳を閉じ、私は唇を噛んだ。その間に、私の両膝は大きく開かれ、大石先輩に視姦される。潤い濡れる身体の入口に、骨張った手の指先が触れた。酷く優しい手付きが、尚も、私を快楽の淵へと追い詰める。
「……。目を、開けてごらん？」
ふっ、と笑った大石先輩の息が、首筋の肌にかかった。そう言われた私は、瞼をゆっくりと上げる。
――繋がったままを見せるなんて、悪趣味……めっ！
そう胸の内で毒吐きながら、私は瞼を開けた。すると、私の目に飛び込んできたのは、恋人の少し潤んだ、賢しげな目。赤味を帯びた眦が、興奮の度合いを示す。真剣な眼差しを向けられていた事に、私は驚いた。
「……ぅ、ふぅ……ん、んっ！……」
意外なものを見せられて驚く私の唇に、大石先輩の唇が重なる。柔らかな求めから、次第に空気を絡め取るような口付けを求められると共に、先程まで緩やかに物足りない動きで、私の熱を翻弄した彼のものが深く強く差し込まれた。
「……んんっ！ ……ん、ん、ぁ、あぁ……っ！」
質量を増す彼のものに、応えるように包み込む。自然に求めるまま、求められるままに、刹那の快楽に身を委ねた。
「焦らすも、焦らされるも、ベッドでの駆け引きは性に合わない」
浅い呼吸を繰り返し、可笑しそうに笑った恋人の声を、耳に残せる余裕など、私には無かった。
「意地悪しないって、約束したじゃないですか！」
布団に潜って顔だけを出し、そう言った私は、大石先輩の脛を蹴飛ばした。
「痛っ。……”意地悪過ぎる悪戯”、だろ？」
脛を蹴られたことなど気にも留めず、クスクスと楽しそうに笑った後、大石先輩が私の言葉を訂正する。
「”焦らし”、反対っ！！ 気持ちよくないっ！！」
焦らしは、意地悪過ぎる悪戯だ。私は、先程のコトの最中についての文句を述べた。
「そ、そんな、身も蓋も無い言い方……」
明け透けもない言い方に、若干、大石先輩も困り顔をし、私の顔から目を逸らすと、枕に顔を伏せる。それから、少し何かを考えたように、口を開いた。
「そうだなぁ……。入ってる最中のキスは、嫌かい？」
笑いを堪えるように眉を寄せまま、大石先輩が訊いた。
隠すものが何１つないから、逆に安心出来たりする。そういう意味では、決して嫌じゃない。
「そ、それは……嫌じゃ、ないです……ケド」
私は、少し口を尖らせて答える。
嫌じゃない＝シテいい、となると、次からは業に組み込まれる。それをＯＫサイン出しているようで、少し恥ずかしい。
「プッ！ 素直だな、。……そこが可愛いな、お前って」
私の顔を見ている大石先輩が、可笑しそうに表情を緩める。
「わ、笑うな〜〜っ！！」
包まっていた掛け布団を、ガバッと勢い良く広げ、そのまま、大石先輩へと飛び乗った。ベッドがギシッと大きく軋むと、「ぐぇ」と、蛙が潰れるような、苦しそうな声を上げた大石先輩が、飛び乗った私を一睨みすると、「逃げるなよ？」と言葉を口にした。
ただ小さく笑った私は、こくん、と頷いて見せたのだった。
【ＥＮＤ】