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君が愛する俺の優しさは、本物に見えるかい？
触れる事の叶わない”優しさ”を信じちゃいけない。
君が見てる俺の優しさは、偽物だと気付いてるかい？
見逃し続けた”優しさ”の代償を、君の身で償うしかない。
君が大切にしたがる俺の優しさは、俺の本音を隠すもの。
俺の優しさは、今宵の闇に似ている。
――ほら、ゆっくりと見てごらん？
”優しさ”の陰にあるものが、その瞳に見えてくるはずだ。
うわべだけの”優しさ”の陰に、ひっそりと隠れるものが――。
君には、解るだろうか？
その手に、探し出せるだろうか？
愚かな男が隠した”優しさ”の陰に、あるものを――。
俺は瞼を伏せる気になれず、自室の冷えた空気に肌を晒すように上体を起こし、ベッド端で丸まったシャツに手を伸ばした。薄暗い室内には仄かな闇――。明かりを求めた俺の目が静かな光の漏れる窓辺へ移る。カーテンの隙間から覗く月が蒼い。
「……ふぅ」
手にしたシャツに袖を通した俺は、軽く息を吐く。最近、情事後は、やたらと気が重い。家族に隠れ、恋人の肌に触れる事が俺の気を咎めさせているのだろうか。だからといえ、触れずにいる事が出来ないのは、百も承知。我が身の浅ましさを知る以上、募り続ける罪悪感には、ひたすら耐え抜くしか、今のところ術が無い。
我が身の脇に視線を移すと、布団に潜り込んだの、心地好さげにウトウトとする顔が見える。柔らかな彼女の右頬に自分の指先を寄せ、そこへ静かに触れた。優しく、優しく、俺は彼女の頬を繰り返し撫でたが、の双眸は闇を映さないでいる。
――何て安らかな寝顔してるんだよ、……。
少し羨ましい気持ちを眼差しに込め、俺はを見下ろした。口端を少し上げた彼女の唇が、もにょもにょと動く。小さな子供のような仕草に、俺の口元も僅かに緩んだ。
――どうして、は……怒らないんだい？
俺にされるがままで、良い事なんて無いだろうに――。
君にも望みがあるだろう、……？
奪うように抱いても、壊すように抱いても、君は嫌がるでもなく、拒絶するでもなく、俺を受け入れる。この俺の手は、そんなにも、の双眸に優しく映るのだろうか。彼女の頬を撫でていた手を止め、俺は偽りを纏った己の手を見詰める。を辱めて汚し続ける手が、優しさなど持っているはずもない。己の浅ましい欲に溺れ、甘言にも近い蜜の味を知った指先を唇に寄せた。
「……口付けで、罪が昇華されるはずも無い」
確か、シェークスピアの有名な話とされる”ロミオとジュリエット”の小説の一節にそんな文があった気がした。しかし、俺はロミオでないし、隣で眠る娘もジュリエットではない。罪を贖うのは巡礼の接吻では無い。俺が赦しを乞うべき唇は、のものでしか無い。
――を欺くように優しさで偽る、この手の罪深さ……。
彼女を想って抱く事は、家族を騙し続ける事で――。
やましさなど無い顔を続ける事は、針の筵に座り続けるようなもので――。
それを知っても、尚、を抱いていたい己の貪欲さを抑える事も叶わない。
”愛してる”――そんな言葉は、罪を軽くしたいと思う、己の狡さ。
”優しい”――偽善者となって己を正当化したい、俺の利己欲。
こんなのは、君の為の……優しさなんかじゃ、ない。
何も、君の為にならない――。
罪で塗り固められた重い右手の甲を、彼女の片頬へと当て、ゆっくりと撫でる。
「優しさは……こんなのじゃない」
答えをくれるのは君なのか、神様なのか。そんな想いを胸の内に抱いて、の頬を撫で続ける。
人を想う、その難しさ。無償の愛の、その尊さ。男であるが故の欲が、嘘も偽りも無く、真っ直ぐでいたい己の願いと鬩ぎ合う。深い溜息と共に、俺は瞼を閉じた。瞼の裏側は、闇。俺の手の甲には、滑らかな曲線と柔らかな熱が伝わるだけ――。
「ん？ ……どうしたの？」
掠れた声が、俺の耳に届くと、もぞりと動いたの右手が、彼女の頬を撫でていた手に触れる。彼女のもう片方の手は、まだ眠いと落ちる瞼を擦っていた。
「ごめん。……起こしたかな？」
室内の仄暗い蒼さに染まるの顔を見下ろし、俺は彼女へと尋ねる。俺の手に触れた彼女の掌がするりと動くと、俺の手の甲を一撫でし、彼女の指が俺の指の間へと忍び込んできた。
「そんな事、無いですけど。……大石先輩、ずっと起きてたんですか？」
枕カバーと髪の擦れ合う音をさせてが答えると、今度は彼女が俺へと問う。その問いの答えとして、俺は首を１度縦に振った。
「えっと……。眠くないですか？」
いつも以上に温かい掌で、彼女が俺の手を握る。彼女を見下ろしたまま、俺は小さく笑って見せた。
「は、まだ眠いんだろう？ ……無理して起きてなくても良いぞ」
彼女の手が温かいのは、眠たさのせいだろう。どこかまどろんでいるような彼女の双眸は、いつものような強い輝きが、そこに見つけられない。彼女の掌から逃れるように、俺は彼女の手の中から、己の手を静かに引き抜き、それを彼女の額へと寄せた。
「このまま寝てしまうのも、ちょっと勿体無い気が……」
前髪を梳くようにして彼女の額を撫でた俺の手を、両手で捕まえようとしながら、がそう話す。懸命に動かされた彼女の両手に捕まった俺の手は、しっかりとの手に握られてしまった。その手を見下ろし、俺は自分の目をほっそりとした三日月に似せた。
「なら、もう１度……俺の腕の中に、堕ちてみるかい？」
先程、己の両腕の中に堕ちた恋人を見詰め、少し意地悪な問い掛けをする。幸い、外や室内は、まだ仄暗く蒼い闇が支配している。もう１度、求める事は容易い状況だった。
「うぅ〜！ いつから、クッサイ事が言えるようになったんですか？！」
普段は言えない、甘ったるい言葉に、が軽い反応を見せる。俺の手を放した両手で耳を押さえ、恥ずかしそうに俺の顔を見上げたが、口を尖らせる。蒼さに染まる彼女の頬の肌に、薄っすらと染まる朱色が見て取れた。
「ははっ。……さぁな？」
家族にさえ、秘めている時間は、時折、誰も知らないような自分が現れる。軽く笑った後、少し意味深な顔をして俺は答えた。
「大石先輩の唇、意地悪ですね。……でも、良いもん！ 先輩の手があれば」
白い眼とも取れるの視線が俺の顔から離れると、彼女の額を撫でた俺の手を捕まえ、嬉しそうに彼女が笑う。
「……え？」
の言葉に、俺は身を硬くした。
――俺の、手……？
君に優しくなんてない、この手のことか……？
彼女を見て笑っていた俺の顔が、微かに強張り始める。
「だって、大石先輩の手って、いつだって私に優しいもんね♪」
俺の手を両手で包み、愛しげに頬擦りするが、柔らかに笑む。その表情を見詰めると、俺の胸の内がチクリと痛んだ。
「…………」
彼女に、何と答えれば良いのだろうか。俺は、口を噤んでいる事しか出来ない。
――自分の欲で働く、この手を……。
罪深い、この手を……。
君は、”優しい”、と――そう言うのか……？
微かな胸の疼きに、瞼を伏せる。
この手の優しさは、の肌に触れたい衝動を隠す為の空蝉のようなもの。
上辺だけの、見せ掛けの――優しさ。
それでも、君は――この手を、愛せるかい……？
俺を信じる眼が、すぐ傍にある。
それが見えれば、見えるほど、己の愚かさで心が苦しい。
「先輩の手、私……好きですよ？」
もう１度そう話したの双眸が、やんわりと細まる。愛しい瞳が、想いを象っていく。柔らかな唇が笑むのを見ている事が、俺には辛く、居た堪れない事だった。
「、俺の手は――」
衝動にも近い思いで、俺は咄嗟に唇を動かす。蒼い闇が広がる室内で、己の静かな声が溶けていくようだ。
「大石先輩……？」
先程まで笑っていたの表情が不安げに曇ると、彼女の両手は俺の手を放した。大きな瞳が翳り、心配げな声で俺の名を呼んだ彼女が、寝そべってたベッドシーツから上半身を起こす。
「俺の手は……優しくなんか、ないよ」
寝床のシーツと掛布団が擦れ合う音を耳にしながら、俺はポツリと言葉を漏らした。彼女から離れた手を、ゆっくりと己の目の前に翳す。
「……どうしたんですか？」
掛布団を胸元に掻き抱いたが、眉間に浅い皺を作って、俺の目を覗いて訊いた。俺の目の位置に近付いたの顔が、視界端に映り込む。
「この手は、お前に優しくなんかない……」
自分の傍で俺を見ているの右頬へと、右手の甲を触れさせた。柔らかな熱が、俺の皮膚をじんわりと伝う。
「お、大石先輩……？」
頬を不意に撫でられ、少し驚いたが首を竦めた後、俺を見詰めた。怯えているようにも見える彼女の様子に、俺はやんわりとした笑みを見せる。
「自分の欲を満たす為に、に優しくなる手は……。俺の手の優しさは、偽物だ」
自分の声だというのに、何て冷たい音だろうか。柔らかな笑みが、己の薄情さを、より一層増していく。俺を見ているの双眸が、大きく見開かれていく様子が、俺の目に静かに映っていた。
「そ、そんな事ないです！ そんなはず、絶対無い……っ！！」
驚きで言葉を失っていた彼女が、慌てて首を左右に振って答える。”信じたくない”、そんな気持ちを含んだの声が、俺の心を更に軋ませた。
「どうして、そう言える？ 、お前に……俺の何が、解る？」
僅かに毒が含まる、刺々しい言葉を口にした俺は、口元を冷たく歪ませる。
――に解るはずが、無い……。
俺自身が痛みを伴って、罪の意識に苛まれて歪んでいく。
抱き締めた強さが、その痛みを深くして――。
募り続ける想いが、その痛みを深くして――。
に触れれば、触れるほど、その痛みは大きくなる。
家族に隠し事なんて出来ないはずの、俺の罪深い、この想い。
それを隠し続けてまでも、君を抱きたいと思う、己の貪欲さ。
狡猾過ぎる自己の欲を、優しさの陰に隠した。
”愛してる”――その言葉で容易く優しくなる、この手を……。
本当に、君は――愛せるのか？
嘘吐きな、この手が――君に優しいはずが、無い。
それでも、君は――愛し続けれるのか？
何も知らない、可哀想な君……。
そんな君に、俺の……何が解る？
愚かな俺の、何が――。
冷たく歪んだ口元を見せた俺へ、が何かを伝えようとして唇を動かした。
「そりゃ、何も解りませんけど……。でも！ 私に触れる手は、いつも……」
チラリと俺を見て、視線を下へ落とす。自信なさげな彼女の声が揺れては、室内に小さく響いていた。目の前に翳していた手を、俺は彼女が掛布団を掻き抱く腕へと移す。
「の、この身体が欲しいだけの手、なんだぞ？ ……汚らわしい、気持ち悪いと、お前は……そう思わないのか？！」
自分自身を蔑むような声で、俺は言葉を吐き出した。彼女の二の腕を掴み、その大きな瞳を真っ直ぐに見詰めて――。
「……思いません」
少し間を置き、愛しい恋人の唇から小さな声が零れた。硬い音が、揺らがない意思を滲ませた瞳と共に、真っ直ぐに俺に届く。
「どうして？！」
自分の耳に届いた声を、俺は疑った。欲深い罪から逃げたい――そう思う俺には、彼女の考えが読めない。眉間を寄せ、俺はを見続けていた。
「私だって、欲しいもん……。この身体が、欲しい……っ！！」
胸元に掻き抱いた掛布団を放した両手の先が、俺の首元に伸びると、そのまま、絡み付いた。強請るようにも、願うようにも聞こえるの声が、耳を掠り、鼓膜を打つ。すんなりとした細い身体が、蒼い闇と俺の目に惜しげも無く晒されていた。
「…………」
柔らかな熱と、嗅ぎ慣れた香りに包まれ、瞼を伏せると、罪深い俺の身体を欲しがる彼女に、愛しさが込み上げる。
「家族に秘密があるのは、後ろめたい。話せないのも、悲しい……」
俺の首に巻き付いたの細腕に力が篭った。彼女の零す言葉に、後悔のような苦い思いが含まれているのが俺にも解る。
「――、っ！」
息を呑み、俺はハッとして目を開いた。近しい者達への隠し事を辛いと思うのも、苦しいと感じているのも、俺と同じだと知ってしまった。罪の重さに慄き、耐えているのは、俺１人だけじゃない。
「でも……それ以上に、想われたいの！ ……この手に、愛されたいよ？」
するり、と動いたの腕が俺の首を解放すると、今度は俺の右手へと場所を移す。身体の向きを変えたが俺に背を預けて座ると、しなやかな彼女の指先が静かに、俺の手の甲へ寄せられた。しかし、俺は細い指先を避けるように右手を動かし、彼女へと見せてやる。
「、良く見てごらん。……この手は、優しくなんかないんだ」
やんわりとした声音を出し、俺はへと喋った。
「そんなこと、無いもん……」
俺の顎下で左右に頭を振ったが弱々しい声で答えると、彼女の指先が俺のものへと近付く。それに気付いていた俺だが、彼女の好きなようにさせた。
「に優しく思わせて、俺の傍から逃げないように……そうしてるんだよ？」
俺の右手を捕まえたが、俺より一回り小さな両手で包む。それを眺めていた俺は、そっと彼女に教えてやった。
「え……？」
俺の手を握っているが、驚いて俺の顔を振り仰ぐ。大きな瞳が瑞々しい。彼女の瞳を覗き込んだ俺は、己の内にある暗い闇をに告げる。
「逃げないを、乱して、汚して……。そんな手が、優しいはずも無いだろう？」
優しさで偽っていた、この手の貪欲さを曝け出した俺は、自分自身を嘲笑う。
――俺の優しさを信じるを、簡単に裏切って……。
抱いていたい――その欲だけで……。
いつも、いつも……この手で優しさを偽った。
この手に、君が堕ちるのが嬉しくて――。
この手で、君が悦ぶのが嬉しくて――。
何度も、何度も、君を騙して……この手に抱いた。
君の為の優しさなんて、何処にも無い……。
罪深い、罪深い……強欲の、この手。
――幾つもの、優しい嘘で固められた、偽善の手。
自分のものでありながら、あまりに欲深い己の手に、俄かに吐き気を覚える。眉間を寄せた俺は目を伏せ、苦々しさを感じながら唇を軽く噛んだ。
「私……汚らわしい？ その手に簡単に乱れる私が、嫌いに……なったの？」
の震える声が呟く。彼女自身を責めるかのような声音が、俺の耳に届いた。今の言葉で酷く傷付いただろうの声に、俺は我に返る。
「ごめん、違うんだ。……に優しく思わせた偽りで汚れてるのは、俺なんだよ」
を迂闊に傷付けた俺は、素直に謝った。汚れてしまったのは、そう――君じゃない。欲深い、嘘吐きな手を持つ俺、だ。
「手が優しいのは、嘘じゃない！ 先輩が違うって言っても、優しいの！！」
信じたくないのか、信じられないのか。どちらにせよ、は頭を激しく振って、俺の言葉を受け入れようとはしない。小さな両手が俺の右手を慌てて掴むと、力の限り握り締めた。
「い、痛た……っ！」
急に加えられた自分の右手への圧迫感に、思わず、顔を顰める。俺に背を向けているが悔しげな顔をして、俺の手を握っているのが、覗かずとも解る気がした。彼女の背を流れた長い髪先が淋しげに揺れている。
「私には、解る！ 解るの！！ ……先輩の手、絶対……優しい、もん……」
の語尾が、心細さを含んだ響きで、力無く揺れた。俺に何を言われても、自分の信じるものを貫こうとする細い背の、何と意地らしい姿だろうか。どうして、彼女は俺の手が”優しい”と、ここまで信じ切れるのだろう。声を押し殺すようにして泣くが、意地でも俺の右手を離そうとしない。そこに、彼女の俺に対する真っ直ぐな想いが見えるようだと思えた。
「な、泣くなよ、……」
自分の想いすら貫けず、どこか周りの目を気にしてしまう俺自身の狡さを、に身を以って指摘されたと感じた俺は、彼女の想いの強さを秘める身体を、そっと背から抱える。
「私、平気……だよ？」
空いている俺の左腕をの身体に回すと、不意に、彼女が顔を上げた。濡れた双眸が、真っ直ぐな輝きを見せる。
「……？」
怪訝な顔をした俺は、そのまま、を見下ろした。
「もっと乱暴にされたって、恥ずかしい事されたって大丈夫！ 先輩を独り占めさせてくれるなら、私……平気だよ？」
昔から、おきゃんで向こう見ずなの、何て気の強い言葉だろう。本音を隠した大きな瞳が俺の中を静かに覗き、俺の心を一生懸命に探っている。その様子に、俺は声を漏らして笑った。
「……は、嘘吐きだな」
一言だけ彼女に告げた俺は、目元を細め、笑い続ける。
「う、嘘吐きじゃないです！」
心外だ、と言いたげな顔でが怒ったが、彼女の本音が手に取るように解った俺には、彼女の怒りを何とも思わなかった。掌を、腕を、肌を伝って教えられる彼女の本当の気持ちが、俺には解ってしまったから――。
――俺と同じように、家族に対する思いを感じながら、君は……。
後ろめたさを持っても、尚、真っ直ぐに、想いを貫こうとする彼女の強さに、己を恥じる。家族の前でさえ、優等生でいたい俺は、罪の重さに耐えかねて、慄き、自分を歪めようとした。
心に闇を抱えた俺に対して、君は――。
目に見えないもの、それだけを信じて……。
震える身を以って、その身で俺に添うと言うのか――。
「の身体は、怖いって……泣いてるぞ？」
彼女の本音に気付いてしまった俺は、今まで可笑しくて笑ってた顔を崩し、少しだけ困った表情をして見せる。肌を通して伝えられた彼女の気持ちを宥めるかのように、俺は彼女の身体を慈しむように、ゆっくりと撫でてやった。
「――！！」
彼女の身体を撫でる俺の左手に気付き、ハッとした顔を俺に見せたが、途端に、申し訳なさそうな表情に変わると、言葉無く俯く。俺は俯いてしまった彼女の旋毛に頬を寄せた。
「闇は怖いな。見たくない自分まで見えてしまう。知られたくない自分まで露わになってしまう」
柔らかく、温かいの身体を抱え、俺はそう話す。
弱い自分ばかりを知られてしまうのは、恥ずかしい。
でも、君が教えてくれる想いの強さに、いつも助けられてきた。
その真っ直ぐな想いが俺に向いていると解るだけで、弱い自分と向き合えるんだ。
君の想いは、ちゃんと――どんな俺にも、届くんだな……。
室内を染め上げる、蒼い闇。住み慣れた部屋でさえ、静かな闇の前では、異質なものに変わる。心の隙間から入り込んだ闇が、想いを侵蝕していく。領域を広げ、闇に蝕まれていく。歪みたくない俺自身が、狡さに染まる。それでも真っ直ぐな想いは、闇に負けない。君が与えてくれる俺への、真っ直ぐな想いは――闇に、染まらない。
どんな俺でも受け入れてくれる彼女を、大切にしたいと改めて思う。家族への隠し事も、真っ直ぐな想いを貫いて、優しい想い出に変えてみせる。それを――たった今、君が教えてくれたから……。
「…………」
俺の手を握り締めていた彼女の手を握り返すと、黙ったまま、が顔を上げた。大きな瞳が、不安げな色を宿す。
「を好きなったら、こんなにも狡賢い自分がいて、ビックリだ……」
安心させるように彼女の身体を優しく撫でた俺は、笑みを見せた。すると、大きくてクリリとした瞳が、嬉しそうに形を崩す。
「……意地悪な先輩を知るたびに、私も驚いてばっかりですよ？」
悪戯っ子のような笑い声を漏らしたが、俺に体重を預けるようにして凭れた。彼女の首筋に顔を埋めるようにした俺は、重みを感じながら、華奢な身体を抱き締める。
「えっと、その……ごめん……」
彼女の知らないような顔ばかり見せてしまう時は、大抵、自分も知らないような俺自身だったりする。どう言葉にしたら良いのか迷い、俺は何故か謝ってしまった。
「でもね。そんな時の顔は、すごく自分が好かれてるって解っちゃう！」
ふふっ、と軽やかな笑い声を漏らしたが、楽しげな声で言う。長い時間、俺と接してきた彼女は、彼女なりに、俺の真っ直ぐに届けたい想いを感じ取っていたのだろうか。家族への罪悪感と彼女への想いの板挟みも、決して無駄じゃ無かったのだと俺は知る。
「の望みは……独り占めされることかい？ ……それとも、することかい？」
楽しげな声で話すを、もっと喜ばせたくなった俺は、彼女へと尋ねた。
「え？ ……えっと、ね。えっと……”両方”です！！」
俺の急な問いに、きょとんとしただったが、少しだけ首を捻ると真剣に悩んで答えを出す。少し欲張ったのを恥ずかしく思うのか、の顔に、ほんのりと紅が差した。
「……そ、そうなのか？」
吹き出して笑うのは悪い気がしたが、どうしても我慢出来ず、俺は笑ってしまう。ほんの少し欲張ってみたの顔が可愛くて、愛しくて――。
「な、何か……可笑しいのかな？」
先程まで俺の手を握り締めていた両手が彼女自身の頬を包むと、は自分で出した答えを、再度思い返して考え込んだ。そんな彼女の仕草を見詰め、俺は思う。
――この手が、君に優しくなりたいと思うのは……。
家族への後ろめたさを共に背負う身の君を、守りたかったからだ。
君が、心安らかでいれるように――。
君が、自分の想いで、悲しまないように――。
――この手が優しさを偽ってまで願うのは……。
不器用で拙い自分の想いを伝えたい、愛しい君だから……。
どんなに狡猾でも、どれほど騙しても、俺は君を抱いていたい。
とても、とても……愛しい、君――。
両頬を隠した彼女の細い手首に、俺は利き手の指先を寄せる。触れるか、触れないかの寸前の所で手を止めた俺は、彼女へ問う。
「それじゃ、この手が肌に触れる事を……は赦してくれるかい？」
彼女を傷付けた罪深い己の手を、の目の前に曝す。俺に背を預けるがモゾモゾと動くと、彼女の目の前にある俺の手へと唇を寄せ、その掌に柔らかく口付けた。
「えへへ！ ……もちろん、良いですよ？」
恥ずかしさを隠すように笑った後、が俺の行いを赦した。口端を上げた彼女が、俺から背を離し、振り向いて笑う。
「……ありがとう、」
彼女から赦しの口付けを受けた掌で、彼女の前髪を撫で、緩く掻き上げた。俺は感謝の意を込めた言葉を告げ、の額に口付けを静かに落とす。
「私、大石先輩の手……本当に、好きですよ？ ……ずっと、私だけのものであって欲しいよ？」
俺からの口付けを大人しく受けたが、また俺の胸元に引っ付くと、細腕を俺の腕に緩く巻き付けた。彼女の言葉に答えずに、俺は強くもあり、甘えたでもあるの身体を、ただゆっくりと抱き寄せる。
――優しさの陰に隠した、俺の想い……。
放したくもない、離れたくもない。
忘れたくない、覚えていたい。
君の傍で、君の隣で――。
ずっと、君の熱に……触れていたい。
この手で、君を……抱いていたい。
願いにも似た、この欲深さは――。
君への溢れる、一途な恋の想い……。
癒しの温もりを宿す身体を抱き、俺は目を閉じる。
「優しさの陰にあるものを、最初から……知ってたのかもな」
ポツリ、と彼女に聞こえないような声で、俺は呟いた。
闇に目が眩んで俺自身が見えなくなった俺の中にあるものを、の眼は見失う事無く、見詰めていたんだろう。見えない”優しさ”を信じられたのは、そこに隠されているものが何かを、彼女は既に知っていたから――。
「……なぁに？」
ボソボソと喋る言葉が気になったが、絡めた腕を解いて俺を見上げた。
「いいや、何でもない」
俺は頭を緩く振り、笑顔を見せてやる。
「うぅ〜！ やっぱり、大石先輩の唇は意地悪――、ふぐっ！！」
小さく唸ったが、悔しげな声で言い、俺を軽く睨んだ。その可愛げの欠ける言葉を漏らした唇に被せるように、俺は右手の掌での口を隠す。
「それじゃ、この手に……が訊いてみたらどうだ？」
目元を細めた俺は、それを三日月に模らせ、彼女を見詰めた。可愛い彼女が”優しい”と言う、この手で、ほんの少しを困らせてみる。
「訊かなくったって、教えてくれるもんねっ！！」
俺の軽い悪戯にが的確な答えを返すと、そのまま、彼女は、プイッと横を向いてしまった。
「……には、敵わないな」
俺は苦笑を零す。本当に、俺は君には敵わない。どんなに俺が意地悪な事を口にしても、本音ばかりを語る俺の手に、君は安心した顔をするだろう。それが何だか悔しくもあり、嬉しくもあり、複雑な心境だ。
「ねぇ、大石先輩……？」
笑っている俺と俺の手を、チラチラと落ち着き無く、何度もの視線が往復すると、俺に預けていた背を離し、彼女が口を開いた。
「どうした、？」
瑞々しい大きな双眸が、何かを語りたそうに俺を見る。その眼を覗き込むようにして、俺は耳を傾けた。クリリとした瞳が、ジッと俺を見詰め続ける。
「私、ね。……大石先輩の手になら、堕ちても良いですよ？」
少し間を置いたが、真剣な表情で言葉を告げた。しかし、それは俺を酷く驚かせるものだった。
「……それって、口説き文句か？」
絶句にも近い俺の口を突いて出た言葉は、色気もムードも無い、そんなものだった。
「あ〜、もぅ！ バカ、バカ！ 大石先輩の、バカァ〜！！」
俺の言葉を聞き、途端に真っ赤な顔に変わったが、ジタバタと暴れては、俺の胸元を叩く。それを受けながら、俺は気付いた。の突飛な言葉は、俺が先程言った言葉に、答えを返してきただけなのだ、と――。
「あぁ、ごめん、ごめん！ ……ありがとう」
ジタバタと暴れる彼女の身体を、やや強引に引き寄せ、強めに抱き締める。こうすれば、暴れたがりなが観念する事を、俺は既に知っていた。抱き締めた彼女の耳元、首筋、顎のラインに、丁寧に口付ければ、彼女が大人しく俺の腕に抱かれてくれる、そんな術さえも――。
室内は、未だ蒼い闇で包まれる。
２つの置き時計が、俺との仲直りに呆れた音を奏でては、正確な時を刻み続けていた。蒼く染まる肌を触れ合わせるように彼女の肌を優しく撫でた俺の手は、誘うようにして、彼女を悦びに導く。温もりに身を委ねるの肌上に、俺は片頬を静かに寄せていた。
蒼い闇は、大きな水槽の水と相俟って、そこでユラユラと揺れている。
横目でそれを見ていた俺だったが、着ているものに手を掛け、意識を手元に戻す。自分の肌に纏っていたシャツを、邪険に扱うようにして脱ぎ捨てると、パサッ、と軽い音を立てて、それは床上へと落ちた。
落ちていくシャツを追ったの視線が、今度は俺へと向けられる。ベッドに備え付けられる棚に手を伸ばした体勢の俺と、の視線が不意に絡んだ。
「……な、何？」
この期に及んだ必須アイテムを取り出そうとした俺は、気まずくなってしまい、思わず、言葉を詰まらせてしまう。
「何でも、ない……」
俺を見ていた眼をパッと逸らし、彼女らしくない態度で口篭った。恥らうような、物足りなさそうな、ハッキリとしない様子のを見下ろす。
「”何でもない”って顔じゃ、無いぞ？」
情事の真っ最中だという事も忘れ、の態度に俺は首を傾げた。
――俺、が言い難い事をしたのか……？
いや、待て――。
案外、言い難い事をしてあげてないのかも、しれないぞ？
唸りそうになる俺は、大層、難しい顔をしていたのだろう。黙ってしまった俺を不安に感じたのか、が口を開く。
「もっと……」
の双眸が俺の目を覗いて、言葉を切った。少し不安げな印象なのは、彼女が眉間を寄せた所為だろう。
「もっと？ ……何？」
彼女言葉を聞き逃さないようにして、俺はやんわりと言葉の続きを尋ねた。
「あの、ね。……もっと、触って欲しい」
が細い腕を伸ばして俺の右肩に触れると、その手が滑り落ち、俺の手の甲へと重なる。
「どこを？！」
その動きを見た後、俺は直ぐに言葉を返した。俺の手は彼女の身体には、何度も、隈なく触れている。それが自分で解っているからこそ、彼女が望んでいながら、俺が触れてない箇所があるのかと、逆に心配になった。
「それは……わかんないの」
俺の手に触れたの手が、ギュッと掴む。困ったように話したが、俺から顔を背けた。
「ん？！ 何、だって……？」
彼女の曖昧な答えに、俺はガクッと身体が傾く。そんな俺だが、ここは気を持ち直して、に聞き返した。
「わかんないの！ でも、触って欲しいの！」
憤る子供のように、首を左右に振ってが言った。彼女の髪がベッドシーツと擦れ合っては、ワシャワシャと喧嘩腰な音を響かせる。
「なぁ、……。俺はさ、の中に……入らせて欲しいぞ？」
いつも、時間を目一杯使って、俺の手は彼女を愛撫する。まだ足りないという事は、きっと無いだろう。現に、彼女の身体の入口が潤ってる事も、既に確認済みだった。男の欲求として、俺は正直な意見を彼女に述べた。
「ダ、ダメ……ッ！！」
寝返りを打つように、身体を横にグッと捻って足を折って閉じたが、膝を抱える。
「そ、そんな！ ……だ、駄目なのか？！」
今まで彼女にされた事が無い、大きな拒絶に、俺は後頭部を打撃されたような気がした。アワアワと気が 動転した声で彼女の意思を確かめる。こんな時に、恥も外聞も無い。
「もっと、触って……」
恥ずかしさを堪えてでも、がそう言葉を零した。彼女の横顔は、何かが満ち足りてないのだと俺に教えている。それなら、俺は彼女の何かが満ち足りるまで、一緒に答えを探ってやるのが恋人の務めだと、心を決めた。
「……解った」
無理矢理にでも身体を開かせて、衝動的に抱きたい。誰にでもある男の性を、抑え付け、捻じ伏せ、俺は首を縦に振ってに答えた。
長い髪先を、目の上辺りに切り揃える前髪を、ゆっくりと愛しげ梳く。その指先を、今度は彼女の頬へと滑らせては、その後を辿るように、唇を這わせ、想いを語る。彼女の頬を一撫でした手の場所を項へと移し、そこの髪を無作為に掻き上げた。華奢な首元に視線を落とし、俺は彼女の耳の後ろへと唇を寄せる。俺の呼吸が掛かるたびに、は身体を固くしては、震える睫毛で瞳を隠していた。
「どうだ？ ……もう、良いかい？」
耳元で小さく囁く間も、俺の手は間断無く、の肩に触れては、二の腕を滑り、指先を繋ぐ。
「ま、まだ……ぁ……」
緩く首を振ったが、甘えたな声を漏らした。上気した頬を見せながらも、頑固な唇を尖らせる。解ったと言う代わりに、俺はその唇へ自分のものを重ねて答えた。
繋いだ指先を解き、その手での腹上の肌を撫でながら、彼女の胸元の脇に口付けを幾つも落とす。何度触れられても慣れないのか、恥ずかしげに身を捩るの背へと手を這わす。いつもより、ずっと丁寧に触れ、いつもより、もっと多くの想いを注ぐ。俺の掌が緩々と彼女の肌を撫でる度に、それに応えるかのように、彼女の唇からは、濡れた息が繰り返し漏れていた。
「――っ、ハァ……。そろそろ、良いか？」
柔らかな熱を掌で拾い上げる度に、俺自身の気も限り無く昂る。衝動と理性の狭間で闘いながら、唇を噛み締め、荒れる息を整えて訊いた。
「ヤダ。後、少しだけ……」
焦らすかのように、まだ及第点を出さないの声が、俺の耳に届く。
――後、少しって……何だ？
何が、そんなにも、後少し……足りないって、は……言うんだ？
意識が今にも朦朧としそうな俺は、それを何とか持ち堪えた。
――ここまできたら、俺が果てるか、が満足するか。
もう、２つに……１つ、だ……。
それならば、が足りないというものを埋めてやりたい。
俺の意識の支えは、ただ、それだけだった。
”解った”と答える気力も無く、傾れるにも近い状態で体勢を崩して、這い蹲るような姿勢で、俺は彼女の内太腿へ頬を寄せた。女の子特有の香りが、俺の鼻先を漂う。目を閉じ、掌の感覚で彼女の輪郭を探った。腿の外側を慈しんで触れ、次に内側へと移して撫で上げる。両足の付け根に唇を這わせ、彼女が優しいという俺の手を、茂みへと沈めた。すると、が波打つように、身体をビクリと大きく跳ねさせる。
這っていた姿勢から上体を起こした俺は、気力を振り絞るようにして、彼女の顔の横に左腕を着き、様子を見ていた。掌に神経を集中させ、ゆっくりとの敏感な箇所の周りを攻め、肝心な箇所へと指先を移す。触れられるのが恥ずかしいのか、が俺の左腕に額を引っ付けた。俺は彼女の額の熱を感じながら、彼女の身体の入口を優しく開き、指先で溢れる蜜を静かに撫でる。
トロトロとした感触に、俺のほうが身震いを起こす。生温かい愛液が教えるのは、彼女の膣内の熱さだったからだ。俺は息を呑み、彼女の膣内へと指先を入れる。異様な熱さと膣内の広がりが、俺自身を受け入れる事が出来るのだと教えていた。この感覚に、堪えていたものが溢れそうになる。グッ、と目を閉じ、射精感を遣り過ごすように、無心になって、ひたすら右手を動かす事に集中した。
繰り返し、繰り返し、漣のように強弱をつけ、彼女の膣内で俺の指先が蠢く。掌を伝う、蕩けたような彼女の愛液に、俺の指先が溶けるんじゃないかと錯覚を覚えた。苦しそうなの吐息が、幾度も俺の耳先を掠めるのを我慢するのは、もう限界だった。
「……、お願いだ。……もう、本当に勘弁してくれっ！」
彼女の膣内から濡れた指先を抜き出し、そのまま、の身体を抱き締める。彼女のお願いは叶えてやりたい。とはいえ、俺も一般男子だ。これ以上の射精感を遣り過ごすのは、正直、限界点を超えるものだった。俺にも限度はあるし、流石に変態にはなれない。この声にが頷いてくれないのなら、自分の手で抜いてやる。俺は頭の片隅で、そんな事を本気で考えていた。
「ん……」
が恥ずかしそうに、小さく頷く声が聞こえる。俺の願いが通じたのか、彼女の願いが叶ったのか。どちらとも判らないが、個室行きだけは免れたと、それだけは解った。
「……！！」
安堵にも近い気持ちで彼女の名を口にした俺は、感謝の気持ちを込め、柔らかな彼女の唇に口付けた。その後、俺の愛用の品が入っている棚へと、イソイソと手を伸ばした事は、語るまでもないだろう。
気を落ち着けた俺は、の膝頭を両手でゆっくりと開き、彼女の秘部へと昂ぶるモノを押し込む。ズズッと滑る感触が、快感を伴って背筋を駆け上がってきた。何とも例え難いものが、体の中で弾けた気がする。しっかりと彼女の膣内に落ち着いたモノをそのままにして、の肌と自分の肌を重ね、身体を密着させた。
「……凄く、良い」
我ながら、らしくない言葉だ。そうは思ったが、どうしてもに伝えたくなった。俺は顔が緩むのも忘れ、彼女を見ると、何とも言えず、嬉しそうにが笑うから、柄にも無く、うっかりと言葉を漏らしてしまう。
”愛してる”――と……。
掠れた俺の声は、へと、そう愛しげに告げたのだった。
蒼い闇が薄らいだ、そんな朝を迎えた。喧嘩など知らない２つの置き時計が、仲睦まじく輪唱している。太陽の光が部屋の隅まで届きそうな、そんな時刻になった頃――。
「はぁ？！ もっと、触れ〜〜？！」
すっかり、いつもの長シャツにジーンズの格好に戻った俺は、に向って素頓狂な声を上げていた。
「いつだって、触って欲しいんです！ 構って欲しいんです！！」
両手を握り締めたが、まだ寝癖の残る髪をそのままに、唇を尖らせる。少しむくれて見える彼女の顔を真剣に眺めながら、俺は首を捻って訊いた。
「それは、”スキンシップが足りない”って……こと、か？」
自分で口にしておきながら、嫌な予感が働いた。
さっきまで、俺が一生懸命に探した答えは、こんなに簡単で、いつでも出来る事だと解って、思わず、ガックリとしてしまう。
「ハイ！ ……えっと、そうですよ？」
正解に辿り着いた俺が、あまりにも意気消沈する姿に、が小首を傾げて俺を見ると、俺の右手に、彼女の手がそっと触れた。
「ははっ、何だ。……そっか」
目一杯、虚勢を張った力無い笑い声を響かせた俺は、深い溜息を吐く。”元気出して”と言いたげなの手が、俺の右手を何度も握っている。
「”大石先輩の手、大好き”って、さっき教えてあげたでしょ？ ……ね？」
ふふっ、と嬉しそうに笑ったが、少し背伸びをして、俺の右肩に手を掛けると、俺の頬に柔らかく口付けた。その感覚に目を丸くした俺に、念を押したが笑う。浅い息を漏らし、口付けを受けた頬を撫でた俺も、彼女と一緒になって笑った。俺の手に触れる、愛しいの手を握り返しながら――。
――抱き合う事だけが、触れ合うことじゃない。
そんな大事な事を、が教えてくれた。この手がのどこに触れたとしても、きっと想いを伝えるだろう。それと同じように、この手の触れた場所から、いつも俺の想いを感じたい――と、は願っているのだろう。
それならば、俺は――。
この手の優しさの陰に、君への想いを隠しておこう。
どんなときも、――君へと伝えられるように……。
――君を、”愛してる”……。
その温もりを、一緒に添えて――。
【END】