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俺は――夢を、見た。
抜けるように青い空は、いつか見た風景で。
遠くから響くは、漣の調べ。
焼けるような砂の上へ仰向けに寝そべれば、
そこには、上から俺を覗き込む女の子が見えた。
夏の日差しの眩しさに、目を細めれば、
女の子の長い髪が、ゆらり、と揺れる。
彼女の笑顔は、向日葵の花のように彩られ、煌いた。
その眩さに、この手を伸ばせば――。
手を伸ばせば、俺は――。
――ムクリ。
意識の浮上を感じた俺は、ベッド上で上体を起こした。坊主にも近い頭に右手を当て、頭の頂を一撫でする。カーテンに目を遣れば、そこは薄明かりの光が漏れていた。カーテンの向こう側では、群青にも近い空の色が、未だ広がっているようだ。
「最近は……こんな夢ばっかり、だな」
１つ浅い溜息を零し、独り言のように呟く。
俺が夜半に目覚めるようになったのは、つい最近の話だ。眠りが浅いのは夏が始まり、蒸し暑い夜が続くせいだけではない。
――と、喧嘩をしたから……。
ベッド上で両膝を立てて座る俺は、その膝頭に両肘を当て、座位の姿勢の支えとした。静謐に満ちた部屋は、仄かに青白い闇。低く響くは、水槽のモーター音。正確に刻まれる音は、長い間、俺の部屋で輪唱を続けている２つの置き時計――。
俺以外に人の気配など、もちろんない。一通り室内を眺めた俺は、溜息を落とし、ベッド上へと仰向けの姿勢で寝転がった。呼吸を整え、ゆっくりと瞼を閉じる。重くなる意識で耳を澄ませば、聞こえるような悲しげな息遣い。蜃気楼のような細身の影が瞼の裏で揺れた。
――どうして、は……あんなに疑うんだ……？
”疑う”――その言葉に、俺は大きな溜息を1つ吐く。それから、仰向けにしていた身体の向きを、俺は左側を下とする横向きの姿勢に変えた。ベッドに備え付けられている棚上に右手を伸ばし、ある物を掴んだ。そして、俺は右手に掴むものを、目の前へと翳す。白み始めた空の淡い光を受けるそれが、俺の目で像を結んだ。
今、俺が手にしているものは、１枚の――古い写真。大きくは、と竜崎が写ってる。着てるテニスウェアからして、中学１年も終わり頃のものだ。その２人の後ろで、ピントが少しズレたが、誰かと楽しそうに話して笑っている姿が写り込んでいる。この１枚の写真を譲り受けたのは、かなり昔の事だ。
俺の想いなどレンズを通した彼の目には、お見通しだったのか、写真を撮った不二がそれを手にしながら、こう話し掛けてきた。
――『は、向日葵みたいな子だよね。……見ていて飽きないよ。大石も楽しいんじゃない？』
確かに、は喜怒哀楽の感情が豊かで、ハッキリとしている女の子だ。特に、屈託無く笑った顔は、花のように例えても、決して過言では無いだろう。
俺は、不二も同じように感じてるのだろうかと思ったのだが、彼の表情からは感情が判らない。糸目は、俺への感情を読ませてくれなくて、それなのに、含みがあるように笑うから、俺はどう答えようかと困ったのを覚えている。
――『向日葵の花は、陽の光を一身に浴びたくて、それを追いかけ、大きく育つじゃない？ そこが、何だか可愛いよね。……はい、写真』
手にしていた写真を俺へ差し出した不二が、続け様に、そう話していた。
いつの間にか、の話なのか、向日葵の花の話なのか見当がつかなくなった俺は、困った顔で笑うだけだった。
少し昔を思い返し、俺は声を殺して笑う。懐かしいと言うのに、この写真を覗き込めば、当時感じていたへの想いを、ありありと思い出せる。
の笑う顔は、本当に……いつも元気を分けてくれる。
弱い俺を、とても強くしてくれて――。
だから――いつも笑っていて欲しい、と思ってた。
手にしていた写真を、再度眺めた後、俺はベッド棚の上へと戻す。不二のくれた写真――これこそが、現在、と俺の喧嘩の発端となった物なのだ。
貰った頃は、勉強机の引き出しに隠し、宿題の合間、良く眺めてた。最初は、無邪気に笑うピントのボケたでも、見られるのが嬉しかった。だが、そのうち、写真の端に写るレギュラージャージの袖と、顔の写ってない男の腕が気になり始めた。
”写真の中の彼女が、誰に笑いかけているのか？”――それを思う度、胸の内を焼かれる想いに苛まれた俺は、いつも手にできた彼女の写真を見なくなっていった。ただ、それも両想いになってからというもの、写真の出番など無くなり、その存在すらも記憶の奥底へ人知れずに沈んでいたのだが。
だから、隠していた訳ではないのだが、すっかり古くなり、使ってない古語辞典の間に挟まってたのを、試験勉強で来てたが見つけ出したために、大騒ぎの展開になったのだ。
――俺が好きだったのは、いつだってなのに……。
「……なんで、こうなるんだろうな」
俺は深い溜息を零し、寝返りを打つ。
にあらぬ疑いをかけられ、最初は説得を試みた俺だが、やれ、”の事が好きだったのか”、それとも、”竜崎の事が好きだったのか”と、くどい程の詰問に、とうとう最後は俺が腹を立てたのだ。当然、が、”後ろめたくて怒った！”と言っては、大泣きをする始末で――。その後、押し黙ったが、勉強道具を素早く纏めて、俺の部屋を飛び出たのは、語るまでもない話だろう。当然、仲直りなんて事も無く、高等部が試験休みに突入した現在にまで至る。
俺は、事の経緯を思い返し、もう1度大きな溜息を吐き出し、瞼を閉じると掛け布団の中に潜り込んだ。
――ジリ･･･ッ、ジリリリリリリリ！
けたたましい目覚ましの音に重い瞼を押し上げ、俺はベッドの中で大きく伸びをし、頭上に位置するベッド棚の上にある置き時計を手で探り当てて、音を止めた。どこか気だるいのも、目覚ましが鳴り出す前に止らめれないのも、ここ最近の寝不足が全て原因なのだろう。そう解ってはいるものの、今回は、自ら折れる気になれず、この２週間もの間、喧嘩状況を引っ張り続けている。それも、とある約束を破ってまで――。
と俺との間には、”小さな約束事”があった。それは、週末は余程の事が無い限り”必ず逢う”というもの。こういう約束があれば、喧嘩をしたとしても気まずいながらも、お互いに逢う事で、自然と仲直り出来たからだ。
だが、先週は何の断りも無く、がすっぽかした。そうなると、尚更、俺から折れる気になれず、俺自身も約束事を無視すると決め込んでしまったのだ。
「どうせ……今日も来ないだろうし、な」
俺にしては珍しく、自堕落な生活を選択し、ベッドの中から出るのを止める事にした。少し開け放ってた窓から、カーテンを緩やかに舞わす風が吹き込んでいるのが見えた。部屋へ舞い込む涼しい風が、室内を冷やす。心地好い風の名残を頬に感じながら、俺は瞼を閉じ続けていた。
少しの間、ウトウトとしていたが、流石に日中へ近付くにつれ暑くなり、寝苦しさに目が覚める。寝返りを打とうとした俺は、上体を反転させようとしたのだが、足の自由が利かず、体勢を思うように変えられなかった。何気なく、チラリと足元へ目を遣った俺は、心底驚いた。
「な、な……っ？！」
口をパクパクとする俺の目に映ったのは、俺の太腿辺りで馬乗りで跨るが、恨めしそうな眼で俺の顔をジッと見詰める姿だった。
どうやら、俺の眠っている間に、母さんか妹がをこっそりと俺の部屋へ通したのだろう。男の事情も考えずに、我が家の女性は、勝手な事をしてくれる。普通なら、起こしに来るものだろうに。
「……２週連続で、約束破るんですかぁ？」
すこぶる機嫌の悪い恋人は、プイッと余所を向き、俺へとそう訊いた。
「……先週の事は、お互い様だろう」
目覚めの挨拶にしては酷い会話だ、と内心舌を打つ俺だが、に負けじと不機嫌に答え、両手をベッドの敷布団へと着く。よれた丸首の白いＴシャツ姿を恥ずかしげもなく、俺は彼女の目に晒した。すると、彼女の瞳が珍しいものを見るようなものに変わる。
が我が家に泊まる日は、俺の格好はこうではない。出来るだけきちんとした長トレパン、着崩れの少ないTシャツを選ぶ。逆に言えば、今の俺は心底ゆるんだ格好をしているのだ。なんせ、この掛け布団の下に隠れてる下半身は、丈の短い半パンを穿いているのだから――。
「……昨日、”遊びにおいで”ってメールが無かった！」
俺を珍しそうに見てただが、ハッとした顔をすると、口を尖らせ、語気を荒げて言った。何と可愛げない、憎い唇。
「……”逢いたい”ってメールが無かった」
しれっとした表情で俺もへと話す。俺だけが薄情な訳じゃない。これも”お互い様”、だ。子供じみた喧嘩だが、男女の情は拗れると、非常に厄介なんだと、俺はしみじみと感じ、胸の内で溜息を吐く。
しかし、本当の俺は――と逢え、心底ホッとしていた。まだ喧嘩腰な態度だが、逢いたくない気持ちでいるんじゃないのだと判ったからだ。でも、喧嘩した相手に会う事は、とても勇気のいる事だ。それを俺じゃなく、２つ年下であるがやってのける。こんな時は、彼女の強さと真っ直ぐさを改めて思い知り、俺は年上として、男としての情けなさが身に沁みる。だから、”早くを許さないと”と思うが、気が焦るばかりで言葉に詰まってしまう。
そんな俺との会話は続かず、途切れた後、互いに沈黙を守る。コチコチコチ、と仲良い置き時計の輪唱が急き立てるように、仲直りを勧めるような音を奏でる。何年も聞き慣れた音を耳にしながら、俺は重い口を開く。
「……、あの写真の事なんだけど――」
やっとの思いで言葉を吐き出す俺の声を、遮るようにが声を出す。
「あの写真……もう、見ないでください」
しゅん、としょげたが俯く。黒く長い彼女の髪が、肩先からサラサラと零れ落ちる。その姿が何とも心細そうで、不安げで、俺の柔らかな部分を締め付けた。
「何で……そんな事を、言うんだい？」
喧嘩していた事には目を瞑り、出来るだけ優しい声音で俺が尋ねると、俯いていた彼女は困惑する表情を見せ、俺へと訊き返す。
「だって……好きだった事、思い出しちゃうでしょ？」
悲しげなの瞳が、俺の顔を静かに見ていた。その瞳は澄んでいて、それが余計に淋しげに思わせる。
「だからな、。何度も言うけど、俺はや竜崎が特別好きなんじゃないぞ？」
1つ大きく溜息を吐き、先日と同じようにへ説得を始める。俺はベッドの敷布団に着いてた手の片方を外し、その手で首の後ろを軽く撫でた。
――まだ、俺を……疑ってるのかい？
俺が心底大事にしたい笑顔は、のもので――。
今も昔も変わらない、その笑う表情が１番好きで――。
彼女がずっと笑ってくれるなら、俺は、きっと幸せだと思えた。
あの頃から変わらない、この想い――。
俺の気持ちになど気付かない顔で、彼女が疑いの眼差しで俺を見る。一番大事にしたいと願うに、疑心を抱かれる事ほど、俺にとって辛いことはない。
「――だったら……っ！！」
困り果てる俺の前で、が急に顔を上げ、声を出した。真っ直ぐな双眸が俺の目を捉えた。強さが煌く彼女の瞳は、相変わらず、綺麗なものとして俺の目に映る。
ジッ、と互いに見詰め合う中、が右手を動かすと、茶色の封筒を俺へと差し出した。何の疑いもせず茶封筒を俺は手にする。その動きを、彼女は黙って見ていた。
「……これに、何が入ってるんだい？」
愛想の無い茶封筒の中身に、俺の胸が警鐘のような音を激しく鳴らす。指先の感じる感触に、少し厚めの紙を連想させた。俺は努めて平静を保ちつつ、恋人へ視線を向けて問う。
――まさか……メッセージカードに”別れたい”、とか？
俺は、己の背に冷たい汗が噴き出すような気がした。見ていたから、ゆっくりと視線を剥いだ俺は、茶封筒へと目を遣るが、どうしても開ける気にはなれない。神妙な顔付きでいるのだろう俺に、が眉間に深い皺を刻んで、口を動かし始める。
「……それと、あの写真を交換してください！」
スッ、と右手を上げたが人差し指で、俺が持ってる茶封筒を指差して告げる。
「交換……？」
俺はの言葉に首を傾げながら、茶封筒の封を切り、急いで中身の確認をする事にした。開封した茶封筒の中から出てきたのは、１枚の写真。それは俺にとって驚愕するようなものだった。
「ちゃんや桜乃ちゃんが、特別な好きじゃなかったなら、それと交換してください！」
強制的な物言いで話すを、俺は驚き顔で見る。俺の様子を訝しげに思ったが、俺の太腿辺りから、にじり寄るようにして間を詰めてきた。
「そ、その……。この、写真……」
間近に迫るの大きな双眸に、少し引き気味に背を反らした俺は、視線を彷徨わせ、どう話そうかと口篭る。
俺が手にしていた写真は、ピンボケしてたでなく、ハッキリ、そしてクッキリとした笑い顔で写っていた。そして、彼女が笑って話す相手が、誰なのかさえも、そこにはハッキリと映し出されていて――。
見覚えのある写真の構図に、訊きたい事が山のように出来た俺は、最初にどう話を切り出そうかと思案する。その俺の目の前で、が黙ってしまう俺に焦れ、口元をへの字にさせた。
「……私のコト、好きって言ってよぅ〜〜……」
自信なさげな小さな声は、懇願にも近い音をさせ、俺の耳へ届く。間を詰めたは、俺の首に両手を伸ばすと、軽く抱きついてきた。両足が多少自由になった俺は、座位を胡座へ変える。そして、自分の両足の窪みへと、を嵌め込むように座らせた。
「なぁ、。……この写真は、誰から貰ったんだい？」
引っ付き虫になった彼女の背を緩く擦りながら、俺は尋ねた。
「え？ ……不二先輩ですけど？」
俺の首に回していた両手を解くと、きょとんとした、少し情けない顔でが答える。
――あぁ、”やっぱり”……な。
俺は、言葉の意味を覚った。あの時の不二は、”向日葵に擬えた”の事を話していたのだ――と。と竜崎にレンズを向けていたら、後ろにいた俺達に気付いて、不二の指はシャッターを切ったのだろう。彼の持ってたカメラの望遠レンズを通すと、が何を一身に受けたがっているのか、俺が誰にも秘密にしていた想いを、彼女に注いでいたのか、それらに気付いてしまったのだろう。
向日葵の花は、太陽の光が大好きで。
それを浴びるために、精一杯に背を伸ばす。
向日葵の花は、太陽の光が差す方へと併せて動く。
それに恋焦がれるように、精一杯に背を伸ばす。
向日葵の花は、とても一途で――。
とても、とても一途で――。
太陽に愛される事を、その身を伸ばして願うから……。
レンズ越しに真っ直ぐな想いを知ってしまい、だから、不二はに写真を渡したのだろう。誰が見ても解る程、溢れる好意を表した彼女の顔は、他の誰かの目に触れさせるのが、忍びなくて――。本人以外には、見せられないような写真だから。俺は手にしていた写真へと視線を落とす。
の表情は生に彩られ、弾けんばかりの笑顔で、その笑みを向けられる俺も、この時は柔らかく笑っていたのだろう。残念ながら、俺の表情は判らないが。俺の立ち位置は、丁度、不二のカメラから背中越しになっていたからだ。ただ、目尻の感じと、頬のラインから緩んだ表情をしてるのだろうぐらいは、見当がついた。
ピントが少しボケた彼女が、どんな表情をしていたのかを、こうしてハッキリと知り得てしまうと、嬉しさと気恥ずかしさが混ざり合う複雑な気持ちになる。それから、俺が持っていた写真端に写ってたのが紛れも無い自分自身の腕であり、腕しか写っていない自分自身の姿を、あの頃の俺が妬んでたとは、な――。全ての謎が解けると、何故か可笑しくなって、俺は声を立てて笑う。
「何が可笑しいんですか？！ 可笑しい事、無いでしょ！」
ずっと待たされっぱなしのが噛み付く勢いで言う。昔の記憶と感情を紐解き、スッキリとした気持ちの俺は、に説明する事を失念していたのだ。
「あ、いや……。ごめん」
の叱責を受け、思わず、俺は首を竦めて謝る。
「写真をくれた不二先輩は、これを見て”向日葵みたいだね”って笑ってました……」
俺が手にする写真を見下ろし、がポツリと呟いた。
「不二が何故そう言ったのか、には解るかい？」
の視線の先にある写真を、彼女と同じように俺も見下ろす。色褪せていない写真は、大切に仕舞われていたのか。それとも、想いの強さに守られていたのだろうか。
「あ、明るくて、元気……って、コトですか？」
急に問われ、は忙しない瞬きを繰り返して答えると、俺の顔を覗き込んだ。
「それもあるけどな。……は、俺をとても好きかい？」
１つ頷いた後の俺は、更に恋人へ問い返す。この問いに、が目を見開くのを、俺は容易に想像出来た。案の定、大きな瞳を更に大きくしたが、俺を凝視した後、素直に首を縦に振る。少し恥ずかしいのか薄っすらと頬に赤味が差し始める。そんな彼女を見ていた俺は、嬉しくなって頬を緩めた。
「向日葵は、太陽の光が大好きだ。太陽の光をより多く、身に受けようとするだろ？ ……そこが、みたいだ」
口角を上げ、柔らかな笑みをへと向けながら、俺は話す。すると、も向日葵の話に何か思い当たったのだろうか、途端に俯いてしまった。
「…………」
だんまりとし、顔を上げそうに無い彼女に、俺はヒヤリとしたものを背に感じる。少し調子に乗り過ぎただろうか。慌てた俺は、の身体を抱き締めた。
「ごめん！ 今のは、その……例え話で、あの……」
オロオロとしながらも上手い言い訳を考えるが、一向に俺の口を突いて、言葉が飛び出そうになる気配はない。ひたすら彼女の愛しい身体を、俺は抱き締め続ける。
「私が、大石先輩を好きだった事ばかり暴いちゃうのは、ズルイですよ〜ぅ！」
少しの間、口を噤んでいたが口を開くと、そう話す。拗ねた声は、甘えたがりで、愛情を欲するの本音を含んでいた。
「あぁ、そうだな。……フェアじゃ、ないよな」
抱き締めるの旋毛に頬を寄せ、俺は答える。確かに、向日葵の話は露骨な程に、”が俺を好きで好きで仕様が無い”と語ってしまっているようなものだ。それぐらい向日葵の生態は、誰もが知ってる事であり、それ故、向日葵に擬えてしまうと、その裏の意味さえも、容易に解るというものだ。それならば――。
「太陽は昔から光を注いでは、とても、とても大切に……向日葵が育つのを楽しみにしては慈しんでいたんだよ」
向日葵に擬えるのを止めた俺は、今度は太陽の話へと変えてみる。これでから不公平だという文句が出なくなるだろう。話し終え、俺は口元を軽く結んで笑む。
「え、えぇ〜〜〜っ？！」
素っ頓狂な声を上げたが、勢い良く顔を上げる。
――ゴ……ッ！！！
鈍い音と共に、言葉も出ない俺と、額を押さえたは、磁石が反発し合うように、左右へと分かれて、ベッド上へと倒れ込んだ。顎先を懸命に擦りながらを見れば、彼女もまた、額を懸命に擦っては、恨めしそうな眼で俺を見ている。そうして、痛め合った箇所の痛みが引くのを待った俺とは、どちらともなく上体を起こし、ベッド上に座り直した。
「今の話だと大石先輩が、わ、私を”好きだった”って聞こえるんですけど……？」
ベッド上へと、ちょこんと座り直したが、少し高い所に目がある俺を見上げると、今度は落ち着き無く、視線を泳がせる。
「向日葵の話ばかりじゃ、不公平だろ？ ……それと、この写真は有り難く交換させてもらうよ」
軽い笑みを零した俺は、手にしていた写真を彼女へと見せた後、ベッド棚の上へと無造作に置く。
「ねぇ、大石先輩！ あんなに、昔から？ 本当に？！」
大きなの瞳が煌きを含むと、好奇心で色めく。ほんのりと頬を染め、どこか期待を込めたような視線で、俺を熱心に見詰めた。彼女の真っ直ぐさが、俺の目には本当に向日葵の花、そのものに見えてくる。
注がれる恵みを受け、これ以上なく輝く向日葵の花。
力強い煌きは、とても鮮やかで美しい。
背の少し高い俺を見上げて笑う表情は、太陽の光を浴び、空を見上げる向日葵の姿に似て――。
彼女を、愛さずには――いられなかった。
――本当に、とても眩くて、とても愛しくて。
向日葵の花のような、君を――。
俺は、笑った。
太陽の温もりにも似た、日差しのような柔らかさで。
「あぁ、本当だ。……決して、嘘なんかじゃないさ」
ゆっくりと頷きを見せ、俺はへと告げる。昔の想いに、嘘の濁りは無い。そして、その笑顔を愛しいと思う、今の自分にも――。
「夢みたい！！」
ワッと声を上げ、嬉しそうな笑みを零したが、両頬へ手を添えた。その動きを見ていた俺は、目を細める。
「夢？ ……そんな訳ないだろう？」
少し空いていた距離を詰め、俺は両手をへ伸ばし、華奢な身体を攫うように抱き寄せた。
「だ、だって！ 両想いだったって、コトでしょ？！」
興奮冷めやらぬという表情でが話す。余程、彼女には予想外な話の結末だったのだろう。
「今だって、そうじゃないか」
呆れたように笑いながら、俺は彼女へと言った。片想いのような遣る瀬無さは、両想いになった今も続くものであり、片想いであったとはいえ、見えない部分で互いに寄せ合っていたそれは、両想いの今と、何ら変わるものではない。そう、互いに”好き”と想う、この気持ちは――。
「……何か、嬉し……っ！！」
抱き寄せられたは、俺の腕の中で俯く。細い肩が少し揺れたのは、泣き虫になった合図。
「の泣き虫には、本当に……困るよ」
嬉し泣きだと解っていても、やはり彼女の涙には弱いし、落ち着かないものだ。俺は幼子をあやすように、身体を静かに揺する。
「いつだって、大石先輩は困っちゃえば良い！」
俺の言葉を聞いたが、両頬を精一杯膨らませ、唇を尖らせた顔で、元気に言い放つ。
――そんなに、俺を困らせたいのだろうか？！
彼女の言葉には、少なからずともショックを受けた俺だが、それでも潤む目元や鼻先が赤く染まるのを見てしまうと、いつもの泣き顔が、より一層、愛しくなる。
「もう……充分、困ってるよ」
”だから、許してくれ”――と、言葉にも似た許しを乞う己の唇を、彼女の尖がる唇へとそろりと押し付けた。彼女の唇から感じた向日葵の花には無い柔らかさに、俺は小さく笑む。
「ホント、大石先輩って……ズルイんだから！」
まるで、俺がいつもズルイような言い方をしたはプイッと顔を背け、俺の胸元へと隠す。どうやら俺は、調子に乗り過ぎだと、彼女に判断をされたようだ。
「向日葵は、太陽には敵わないんだ。でも、太陽は、そんな向日葵がとても好きなんだと思うよ？」
どこか他人事を語るような声音の俺は、へ淡々と話して聞かせる。
向日葵は、とても、とても、太陽が好きなんだ。
向日葵は、一途に、ただ一途に、太陽を追う。
愛情にも似た光欲しさに、恋焦がれてしまうように。
だから、――君も、そうなれば良い。
俺への真っ直ぐな想いを貫いて、俺から注がれる愛情を、心底求め、望めば良い。
、君にならば――。
俺は惜しみなく、この愛情を注ぐだろうから……。
「それって”太陽”が、ですか？ ……それとも”大石先輩”が、ですかっ？！」
すっかり拗ねたの不細工な声が、俺の腕の中で問う。ご機嫌の麗しくない彼女を覗き込んだ俺は、少し強引とも言える動きで、彼女の顎先を右手で捕らえた。
「それは、また――後で、な……」
ゆっくりと上向かせたの柔らかな熱が宿る唇へ、俺は己のものを宛がい、静かに触れる。馴染んだ感触は、愛しさを呼び覚まし、胸の内にある感情を、掻き混ぜられるかのようだ。求めるような口付けを幾度となく、性急なまでに繰り返しながら、愛しい身体を波打つシーツの上へと、俺はゆっくりと押し倒していった。
いつもの見慣れた室内の中で、何度抱いても、抱き足りない思いで、俺は今日も彼女に触れる。汗ばむ身体の熱は、俺の理性を急速に溶かしていく。
服を脱がすのも惜しい気持ちで、彼女のキャミソールという服の裾から手を入れ込み、その柔らかな丘を覆う布を、少し邪険に扱って除けた。俺の目に触れた彼女の丘の頂は、つん、と上向いている。それは、彼女が拗ねて口を尖らす様を思い起こさせた。
その片胸の先に口を寄せた俺は、宥めすかすように舌を這わせ、頂を含む。甘い飴を口内へと含んだように舌先を使い、優しく舐め続ける。もう片方は、常に指先を這わせ、全体を優しく撫で、それから、頂を優しく摘むのを繰り返す。
「ぁ、……っ！ はぁ……っく、ゃあ、」
乾いたの唇が少し開き、荒い息を浅く吐くと、濡れた声を漏らす。腰を捻っては、恥辱から逃れようとする彼女を許す事はせず、腰を覆うスカートが捲れ上がり、露わになる白い太腿を、俺は左右へやんわりと開く。
薄い布の下へ隠れる秘所の上へ、己の半身を沿わす。いつもはジーンズの布下で抑えられる欲望も、さすがに夏物の短パンでは、抑える事も叶わない。薄布で覆われたモノを、彼女の秘部を覆う布上から、グッと力強く押し付けると、熱の増したソコが湿り気を帯びているのが、温もりの伝わりで良く判った。
意地悪にも似た腰付きで、質量の増す熱の塊を、擦り付けた。上下に動くと、彼女の身体の入口部分を覆う布も、ヌルヌルとした感触を俺に与えながら、滑り動く。今までにない彼女の有り様に、俺の鼓動が俄かに跳ねる。確かめるもんじゃない。初めの頃なら、俺はそう思って、止めていた。でも、少なくとも両手では数えられないぐらいに、とは、肌も想いも重ねてきたのだ。彼女を、もっと愛したい俺としては、どうしても確かめておきたかった。
「気持ち、良いのか？ ……いつもとは、違ってるぞ？」
組み敷いた彼女に、俺の上体の重みを加えないように、ベッドへ両肘を着いて身体を支え、の耳元で囁く。
「だって……久し振りなんだもん。……ヘン、ですか？」
チラ、と目線を上げたが俺の顔を見ると、直ぐに視線を外す。額に浮かぶ微かな雫は、彼女の興奮の名残なのだろうか。その額の汗を、俺は指先で拭ってあげた。
週に１度か２度程度の行為とはいえ、確かに、２週間も間が空けば、久し振りと言えるだろう。彼女の問いに、俺は笑って答える。
「いや、そんな事ないよ。……もっと触れても、平気かい？」
そっ、との前髪を分け、白い額へと愛しげに口付けた。可愛くて、可愛くて、仕方の無い気持ちを込めて――。
「は、はい。……平気、ですよ？」
口元に手を添え、恥ずかしながらも答えるが、俺を見た。
「解ったよ。それじゃ……遠慮なく、な」
コクン、と頷いて答える俺は、話しながら、の茂みを隠していた小さな白い布を取り除き、利き手の指先を茂みへと宛がい、蠢くように掻き分け始める。少し押し進めると、すぐに濡れた秘部へと至った。今度は、その深部へと中指を押し込む。クチュ、クチュ、と粘着を帯びた水音が耳に響いた。静かな部屋では、思うよりも音は響くのか、の顔を見下ろすと、手で顔を覆っていた。
指先の出し入れを性急にし、隠した表情を暴くように、彼女の細い手首を掴んで外す。酷く赤く染まる顔で、大きな双眸が俺を見詰める。
「ぁ、うぁ……っ、ぅ……ぁ、あっ、あっ、あぁ、ん……っ！」
甘い喘ぎを漏らしては、弱々しい女の顔を覗かせ、艶かしい表情で、俺の熱を更に煽る。彼女の中に沈めた指先だけを忙しなく動かし、もう片方の腕を使って、俺は、の身体をきつく抱き締めた。
「そんな顔されたら、……困るよ」
息が掛かる程の距離で、の耳へと掠れた声で囁くと、自分の指先が、彼女の中の膨らみを感じ取った。締め上げるような感覚は、いつもとは比べものにならない程に、力強い。途端に、の足先に力が入った。
俺は彼女の足の強張りに驚き、グッ、と伸びる爪先へとすぐに目を遣った。視線をの顔に戻そうとしたら、今度はが俺の首に両腕を回して、凄い力で抱きつく。
「、どうした？！ ……まさか、足が攣ったのか？！」
酔いが覚めたような思いになった俺は、俄かに焦る。と肌を重ねてきた中でも、こんな経験は初めてだ。彼女の深部へと侵蝕させ、愛撫を行っている指先を、止めようとした。
「ゃ、あぁ！ 止めちゃ、ダメ……ぁ、あぁ、あ、ぁ、んっ！」
俺の首をぎゅうっと絞めるような強さで抱きつくが、イヤイヤと首を振ると、丘の頂を俺の胸へと押し付けるようにして、背や腰を反らし始める。彼女の中に沈めた自分の指先が、自由を奪われ、熱を持った内壁に、締め上げられていく。締め上げが限界に到達した感触を指先が覚えた途端、内壁の広がりを感じ取る。俺には、膣内が緩んだのだと判った。それと同時に、の細い腕がするり、と俺の首から解けていく。
彼女の膣内は異様なまでに熱く、そこから引き抜いた俺の指先と掌には、いつもの透明な液と白い液が、相俟って付着していた。
「……今の、何だ？」
あまりのことに昂っていた気がスッカリと殺げた俺は、自分の掌につく愛液を見詰める。いつも以上に、濡れている指先の感触に、やや驚きをもって。
「はぁ、ん、はぁ、はぁ……はぁ、ん……ぁ、ぁ……」
呆然となる俺の下で、苦しそうな呼吸を繰り返すが、身体を捩っていた。皺になるキャミソールを晒す彼女の背を、俺は左手で擦る。
「大丈夫か？ そうだ……足は、どうだ？ 痛くないか？」
呼吸が楽になり始めたのを確認しながら、俺はへと尋ね、今度は足を擦り始めた。
「大丈夫ですけど……。先に、その……」
恥ずかしげに俯いて起き上がるの手が、彼女の足を擦る俺の手を、やんわりと止めさせる。
「どうした、？」
俺の手に重なった彼女の手の甲を見た後、俺は顔を上げ、へと視線を移す。すると、何とも申し訳なさげにが口を開きながら、目の前で正座する。
「先に気持ち良くなって、そのっ、ごめんなさいっ！！」
彼女は額をベッド上へと擦り付ける勢いで、頭を深々と下げる。その行動もさることながら、俺はの言葉に目を丸くした。
――気持ち良く、なった……？
えっと、が、だよな？
――あ……っ！！
もしかして、さっきのが……？！
目まぐるしい程の勢いで、脳内を働かせた。俺は、思い当たった言葉に、感無量な気持ちになる。嬉しいような、気恥ずかしいような、そんな思いに、俺は頬を染めた。
「そ、そっか。えっと、が気持ち良いなら、良かった。……あのさ、謝る事は無いんだぞ？」
照れが出てしまい、酷く落ち着かない気持ちで、俺はどんな顔をしたら良いのかと弱った。
「で、でも――」
自分だけ良い思いをしたと感じているのだろうは、眉を寄せ、酷く困った面持ちで、しゅんと項垂れてた。
「男より、女の子のほうが気持ち良くなるのは、難しいらしい。でも、が良かったのなら、俺は嬉しいよ」
彼女の頭で、ポンポンと手を軽く跳ねさせ、俺はを優しく抱き寄せ、の細い首筋に顔を埋めた。すると、柔らかな匂いが、俺の鼻先を撫でる。
男は、生理的に”イク”というものが、どういうものなのかを知っている。――もちろん、俺も、その１人だ。だけど、女の子がその感覚を知るのは、とても稀な事らしい。こうして抱き合う俺の手で、それを知ったのだと思うと、尚更嬉しくて、が愛しく思えた。
「……エヘヘ♪」
俺の背に手を回すが、俺の首筋に額を当てて笑う。２週間ぶりに聞いたの嬉しそうな笑い声は、甘えたなものだったが――。俺には、満足のいくものだった。
「ただ……次は、俺も一緒に良くしてもらえると嬉しいな」
すっかり油断している甘えっ子の身体を、シッカリと抱え直した俺は、クスッと意味深な笑みをへ向ける。
「そ、それは、もちろんです！ 絶対に！！」
甘えたなが俺の腕の中で慌てて上体を起こし、両手に拳を握って、赤い顔で力一杯に言う。それが可愛く、また可笑しくて、思わず、俺は吹き出してしまった。高々と響く笑い声に、が口を尖らす。
「どうして、大石先輩は……笑うんですかねぇ？」
不機嫌な眼を俺に向け、は面白くなさそうに話す。
「あ、ごめん！ ……つい、な？」
無理矢理笑いを納めた俺は、謝罪を口にした後、の唇に口付けを軽く落としながら、彼女が身に纏っている布を、不器用な手付きで取り去り始めたのだった。
ベッドから先に抜け出した俺が、素足に下着を通した後で、腰を折り、短パンを手にした時だった。
「短パンなんて、ヘンな感じ……」
掛け布団と仲良しになり、小さな丘をこんもりと作っていたが、掛け布団から顔を覗かせると、不思議そうな声で言い、俺を見上げる。ベッド上から覗くような角度で俺を仰ぎ見るの目に、俺は手にしていた短パンを放り出し、下着の上から慌てて股間を押さえた。
「お、女の子が、そんな角度で覗くんじゃない！」
”メッ！”と小さな子供を叱る時の様な表情で、を見下ろして怒る。迫力に欠ける姿の俺に、はケタケタと楽しそうに笑う。こういう場合は、どうしても俺の”負け”だ。俺は浅い溜息を吐き、悪戯っ子が潜む掛け布団の山の隣に、腰を下ろした。
「こうも暑くて寝苦しくなると、俺だって短パンぐらい穿くよ……」
苦笑にも似た笑いを零した俺は、隣に出来ている掛け布団の山を軽く撫でた。
「でも、私が見る大石先輩は、いつもジーンズか、長トレパンじゃないですか？」
モゾモゾと蠢いていたが、姿勢を腹這いに変えると、アッという間に、掛け布団の山が崩れる。平べったくなったそこから、スラリとした足の先と腕が現れた。
「その時は、色々と事情があるから……さ」
視線を泳がしながら、俺は明後日の方を向いて話す。この事情は、俺個人というか――”男の事情”、だ。それをに追及されたりしては、俺が必ず困るのは目に見えた。
「ふ〜ん……？」
然も興味なさそうにが言い、横着をしてベッドから腕を伸ばし、ベッド脇の床上に落ちている下着を拾い上げようとする。
「お前も早く服を着ろよ？ そうしないと、また……俺に食べられるぞ？」
茶目っ気タップリな口振りで、下着を拾い上げようとしているの手首を掴み、彼女の大きな瞳を覗く。
「えっ！ ……ま、また？！」
目を剥いたの瞳が、驚きのあまりに零れそうだ。俄かに赤くなり出すと、彼女はアタフタと慌て出す。
「……今、すごく嫌そうに答えたな？」
俺は少し白けたような眼で、彼女をジッと見詰めた。
「そ、そうじゃないです。けどぉ……」
モゴッ、と口篭りながら、が困ったように答える。彼女の顔には、”限界です！”という文字が、ありありと浮かんで見えるようだ。２週間分の空白になった時間を埋めるように、先程まで抱き合ってたのだ。がクタクタなのも解るし、実際は、俺自身だって、もうクタクタなのだ。
「あははっ！ ……冗談だよ、」
大らかな笑い声を上げた俺は、少し固まってしまったの頭を撫でてやる。
「も〜ぅ！ ……ビックリしましたよぉ？」
心底ホッとしたような息を吐き出したが、眉間を寄せて話した後、可笑しそうに笑い出す。
――やっぱり、向日葵の花みたいだよ、は……。
隣家や駅前に咲く向日葵を見る度に、きっとを思い出してしまうだろう。
夏の風に揺れては、空の太陽へと真っ直ぐに伸びる向日葵のような、彼女を――。
あっけらかんとした表情で、無邪気に笑う彼女を眺めつつ、改めて俺は思った。彼女の頭に添える自分の手を、再び動かし、愛しさを込めて、俺は優しく撫で続ける。
この手で大切にしていきたいの笑顔のために、俺はこの身を削いででも、愛情を注ぎ続けると、今、君へ密かに誓おう。
向日葵のような、眩く、強く輝く笑顔も。
向日葵のような、一途で、真っ直ぐな想いも。
ずっと、ずっと――失われないように……。
――大切にする、と……君に誓うよ。
口元に笑みを浮かべた俺は、1度瞼を下ろす。それから、瞳をゆっくりと開き、ある提案を口にする。
「今度の休みは、海へ……行こうか？」
彼女が中学で初めて海デビューした年から、年に１度あるか無いかで、を海へと連れては行ってるが、俺もも、今年の海には、まだ１度も触れてない。潮騒の音や香りの記憶を紐解く俺の隣で、が嬉しそうにハシャギ出す。
「わぁお！ 海、海〜〜！！♪」
ゴロゴロと左右へと忙しく転がり、喜ぶを尻目に、俺は彼女の紅潮する両頬を、大人しく見下ろしていた。
――そうやって、また……笑ってくれよ。
太陽の光を一身に受け、眩い程の笑みで。
初めて海に行った、あの日のように――。
「……今度こそ、掴まえるから」
俺は小さな決意を胸に、には聞こえないようにして、口を微かに動かした。
あの夢の続きは、本当の砂浜の上で。
この手で掴まえて、この目で確かめるから。
青く、広大な空の下で。
君の笑顔の行方が、いつも……。
この俺の、視線の先にある事を――。
俺の小さな呟きに気付きもしないが、嬉しそうな満面の笑みを、その顔に湛え、今も笑っている。その彼女の奥に位置する窓の外には、夏空独自の抜けるような青が、どこまでも続くように広がっていた。
【END】