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1度目は 夢中だった。
それでも 愛しさが溢れて
それから キミを想うことの難しさを知った。
２度目は――。
やっぱり キミを上手く想うことは難しく
それでも 愛しいと感じる心が溢れて……。
それを幸福だと
知ることが出来るんだろうか――……。
外はうだるような夏特有の暑さで、窓の外では鳥が木陰で羽を休めている。
俺の部屋も扇風機の風が室温を下げようと頑張っていて、その扇風機を前にし、長い髪を揺らして涼んでいる少女が1人。
「……あ、暑い！ 暑い！ あ〜つ〜い〜！！」
「その言葉はもう聞き飽きたよ、」
俺はテニス雑誌をめくる手を休め、それを床上に置いて立ち上がった。
そして、学習机の上を覗き込む。
どうやら、彼女の苦手な課題は終ったようだ。
「何だよ。終ったなら、終ったって言ってくれよ」
「言いましたよ〜？ ”うん、うん”って返事したのは、大石先輩ですよ！」
口先を尖らせ、ご機嫌斜めに可愛い彼女が話す。
”そう言われると、返事した記憶もある……かな？”――と、小首を傾げて考え事をする俺の目の前にが立った。
「大石先輩！ 課題が終ったら出してくれるご褒美って何ですか？」
ランランと瞳を輝かせる彼女。相変わらず、好奇心で満ちる眼差しを俺に向けると嬉しそうな顔をして、答えを待っている。
「あぁ、今日は暑いからな。アイス買ってあるんだ、ちょっと待ってろよ」
「うわぁい！ アイス♪」
どうやら、彼女が喜ぶに値するだけの答えだったようで、がはしゃいで俺の背にドカッと勢い良く飛びついた。その勢いに負けそうになった俺は、思いっきり前のめりな体勢を強いられる。
この体勢は、正直言って重いというよりも苦しい。
「……ぐっ……！ お、おまっ……」
「ストロベリーアイスが良いです！ えへへ〜」
苦しそうな呻き声を上げる俺にお構いなしの彼女。
自分の希望するアイスの種類を俺へと告げ、機嫌良く笑っている。
できれば、その前に”大丈夫？”って聞いてくれとも思うわけだが――。
俺が少し黙っていると、の瞳が心配げに揺れた。
「……ひょっとして、無い……とか？」
「いや、買ってあるよ」
「何だ♪」
しかし、その唇から零れる言葉は、俺の心配なんかじゃない。
面白くないな、という声で答える俺のことなど気にせずに、は俺の背に抱きついたままで、ずっと笑っている。
心配そうな瞳を俺に向けたかと思ったら、アイスの種類の心配？！
それは……あんまりじゃないか？
どう考えても、前のめりな俺の体勢を心配するほうが先だろう？！
俺はアイスに、負けるのか？ ストロベリー味より劣るのか？！
それは……ちょっと悔しいな。
先程から黙っている俺が、やっと気になったが、俺の機嫌を伺うように、おずおずと尋ねてきた。
「……お、大石先輩？」
「何？」
「な、何って……。あのぅ……怒ってるんですか？」
「どうして？」
「だ、だって…………」
どうやら、さすがに少々鈍いも、俺のご機嫌をやっと感じ取ったらしい。
俺にしがみついた格好で、が肩口から顔を覗き込んできた。
そうだぞ、俺は怒ってる。もちろんだ！
ここで甘い顔をすると、今後の俺との為にならない。
グッと堪えて、大人になるんだ！ 頑張れ、秀一郎！！
自らを奮い立たせ、冷えた横顔を彼女へと見せると、引っ付き虫のが、右に左にと体を揺らして俺を覗き込む。
ハッキリ言って……可愛い。
かまって欲しがる仔犬と然程変わりない仕草に、正直、俺の胸がチクリと痛む。
「怒ってますか？ ……ねぇ、大石先輩ってば！」
「……怒ってたら、何？」
「あの……ストロベリーじゃなくて良いです！ ストロベリーじゃなくても！」
「………………」
俺はの言葉に目を丸くし、思わず肩口から覗き込む彼女の顔を見た。
口元をへの字にし、眉を八の字にしている可愛い彼女。
ここまでくると、さすがに可笑しすぎて笑いがこみ上げてくるが、その可笑しさを己の胸の内で押さえ込み、俺は意地悪を続行する。
「ねぇ、先輩ってば！ ねぇ、おしゃべりして下さい！ 黙んないで……」
「………………」
「大石先輩、意地悪しないで！」
背中に飛びついた引っ付き虫は、俺の正面に回り込むと、両手に大きな荷物を抱えるような姿勢で俺を見上げる。
さらに黙って彼女の顔を見ていたら、思いもよらぬ攻撃を受けた。
――ドスン！！
「？！」
「ひゃ！！」
俺の正面に回りこんだが、俺を抱えたまま体重をかけてきた。
とベッドに挟まれ、不安定な足場で踏ん張ることなど到底出来ず、彼女に寄り切られた俺は、そのままベッドへと倒れ込んだのだ。
いつもながら、まったく無茶苦茶なことをしてくれる。
「いっ……いたた……」
「ご、ごめんなさい！ だっ、大丈夫ですか？！」
「だ……大丈夫なもんか！ 腰を打って痛いっ！！」
しかめっ面をした俺は、彼女へと怒る。
大人気ないぞ、俺……と、思ってもこの痛みには耐えられない。
人を抱えての倒れ込みなんて勘弁してくれ。
こんなの、命が幾らあっても足りないよ。
そう思っていたら、不意に額に降るモノの冷たさを感じ、俺は自分をまたいで座るを見上げた。
「冷た……っ？！」
「……ほ、ほんとに、ごめ……っ」
顔を歪ませた彼女の口元から漏れる嗚咽。
その表情と悲しい声に、少々意地悪の度が過ぎたと俺は覚った。
「ご、ごめん……悪かったよ」
ギシッとベッドを軋ませ、ゆっくりと上体を起こした俺は、背を丸めて泣くを両手に抱え、背を撫でる。
「うぇ……っく！ ……イジ……っく、ワ……ル〜ゥ！」
「もう泣くなよ、な？」
「うぇ……っ、ふえぇ〜……」
目元の涙を拭う彼女の両手をゆるく掴んだ俺は、ゆっくりと彼女の顔から引き剥がす。
赤くなった顔で、情けないほどに下がる眉で、潤んだ瞳で俺を見てくる可愛い彼女。
そんな風に見詰められちゃ、どうしようもなくなるよ。
確かに俺は少しは怒ってたけど、本気で心配してくれるキミを知ってる。
暑さにうだるキミが、ストロベリーアイスをどんなに好きでも、今から少しだけ我慢してくれることも……本当は解ってるんだ。
「……泣くな、……」
そう呟いて、未だ嗚咽の漏れる彼女の唇を、俺はやんわりと塞ぐ。
ピクッと両腕を揺らした彼女を、逃がさないように自分へと引き寄せた。
室内の温度を下げようと、ウンウンと唸る扇風機の風が、忙しなく雑誌をめくる音を響かせる。
暑い、暑いとうるさかったキミが、嫌って程に俺へしがみつく姿が愛しい。
初めて彼女の纏う布を取り去った時と変わらない、彼女の重みと熱。
目の前の彼女は、あの日と変わりない姿を日の明かりの下にさらす。
恥ずかしそうに俺から目を逸らして、頬を染めて……。
「なぁ……アイス、食べたいかい？」
焦らすようにキミへ手を這わせ、俺は問いかけた。
は困ったような顔をして、ふるふるっと首を振る。
太腿のラインをゆるゆるとなぞりながら、もう１度彼女へと確かめる。
「アイス……ストロベリーだぞ？ ……いいのか？」
「う……ん。……今は、も……う…………っん！」
「それどころじゃ……ない、か」
ストロベリーアイスのような色に染まる彼女の頬へ唇を寄せた俺は、柔らかな感触を求めて口付けた。
熱の上がる体に、溶けそうな感覚。
キミが持つ甘さは、ストロベリーアイスのそれに似ている。
可愛らしくも赤く染まる頬や唇を舐め、さらに胸元を辿る。
愛しいと思う感情と、熱を帯びる裸体。
この熱を下げられるキミは、きっと……君の好きなストロベリーアイス。
２度目の交わりは、初めての時と変わらない不器用な求め方――。
溶けてしまいそうな感覚に、愛しい気持ちを込める。
甘い甘い彼女を胸に抱いて、思い知る。
暑い最中に食べる冷えたアイスが、爽やかな風を感じさせる幸せ。
柔らかく崩れそうなバランスを保つ彼女の熱に、溺れる幸福。
胸の内を満たすキミの感覚に、俺は静かに目を細めた。
ブゥゥ……ンとうなる扇風機をそっちのけで、幸せそうに笑う彼女。
「つ・め・た〜い♪ 幸せ〜〜っ！！」
「……………………」
が片手にストロベリーアイスのカップを持ち、喜々としている姿に、何となくだが面白くない、と思う俺が居る。
ほんのさっきまで恥ずかしそうに抱きしめられていた俺の彼女。
それが、あっけらかんとした顔を見せて、美味しそうにアイスを頬張る。
……納得がいかない、よな。
結局、やっぱり俺は……アイスより劣るんだろうか？
だんまりとする俺に気付いた彼女が、俺へと手招きをしている。
その仕草に気付いた俺は、へと顔を近づけた。
「？ ……どうかしたのか？」
「あのね。アイス……美味しいよ」
「そ、それだけのことで手招きかい？」
「う、うん。……先輩に教えてあげようと思ったの！」
屈託なくニコッと笑う彼女。
手招きするほどの事じゃないと思うんだが、と言おうと口を開いた俺へと、 が唇を寄せた瞬間、軽く上唇を舐められた。
鼻先を漂う、ストロベリーの甘い香り。
「ね？ ……美味しいでしょ？」
「…………う……うん」
あまりにも可愛らしすぎる、不意打ちなの行動。
甘くも柔らかな感触。
急速に赤く染まる頬を感じながら、俺はアイスとの勝負を放棄した。
ストロベリーアイスを食べる彼女が、俺へ幸福そうな顔を見せ、静かに笑ってくれるから……。
始まったばかりのうだるような夏の暑さと恋の熱を逃そうと、働き者の扇風機がブゥゥ〜ンと唸り続けていた。
【END】