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照りつける日差しの暑さが肌を焼く。
そして、キミが脱いだ長袖のセーラー服。
急に降り出す雨は、梅雨の前触れ。
アスファルトを濡らし、濃い跡を残す。
それが、俺の心に沁み広がる苦い想いに、どこか似ていると感じた――……。
ジメリとする空気がそろそろやって来そうな気配の６月。
そして、キミが長袖を脱いだ。
――衣替えの季節。
今まで制服の長袖に隠されていた腕があらわになる。
思っていたよりも、細くて頼りない輪郭にハッとする。
いつも忘れがちになる想い。
――他の娘と比べれば、やや大きめなキミ。
だけど、俺と比べれば……その差は歴然で……。
キミが”女の子”だという証明のようで。
少し焼けた細い二の腕が頼りなく、それから少しだけ愛しく思え――……。
何も言えず、俺は彼女の柔らかな二の腕を掴んだ。
「お、大石先輩……？」
腕を掴まれた俺のミクスドペアの片割れが、驚いた表情で大きな眼を、さらに大きくしている。
その娘の名は、。俺の――２学年下の後輩。
「……･あ、すまない」
そう言いながらも、何故か彼女の二の腕を放せない俺の手。
細い感覚が、明らかに痩せた男の二の腕とは違うモノだと教える。
とても頼りない硬さで、それは脆くも崩れそうな感触。
見た目は日に焼け、健康そのものな彼女の二の腕。
ウェアの半袖の日焼け跡が、うっすらと見て取れる。
それでも、どこからともなく胸の内に湧く不安――……。
すっぽりと俺の掌に収まる彼女の二の腕へ、視線を落として言う。
「。……ちゃんと、しっかりご飯食べろよ？」
「……え？！」
俺の言葉が可笑しかったのか、が困ったように笑って聞き返した。
「やだな〜！ 大石先輩ってば、ちゃんと人の倍は食べてますよ！ 体が資本だもん♪」
掴まれていない方の腕を俺の二の腕へと伸ばし、軽く叩いて答える。
彼女の笑う顔に、嘘はない。
「……そ、そうか。……それなら、良いんだ」
彼女へ笑って答えながらも、俺の表情はどこか硬い。
それを察したは、近い距離で俺を下から覗き込む。
「私、元気ですよ？」
生気に満ちる瞳の輝きを間近で捉え、俺の胸がドキリと大きく鳴る。
息苦しい程の一瞬。
彼女を掴む俺の手は放せなくて、彼女が掴む俺の二の腕が強張る。
確かに同学年の娘達に比べれば、彼女はひ弱に見えない。
それでも、自分の掌にある感触は、あまりにも華奢で……。
日頃、男子テニス部で合同練習するミクスド女子部員を気遣っていない訳では無かった。
けれども、これほどまでに現実味を帯びて感じる”女の子らしさ”に直面したことが無く、俺は、内心、戸惑ってしまった。半袖の制服から覗く彼女の二の腕は、俺のモノとも違い過ぎて――……。
「あぁ。……そうみたい、だな」
軽く答える俺の声が、俄かに震える。
胸の内で生じる風が、嵐を呼び覚ます予感。
まだ、あと少し眠らせていたい感情。
視線を彷徨わせるように彼女から外すと共に、無理矢理に掌を開いた。
あやふやな細い輪郭を、手放す。彼女の腕の熱と共に――……。
「大石先輩！」
彼女は急に大きな声を上げ、両手で俺の二の腕をギュっと音が出そうな程に掴む。
その力強さに、俺はやや眉をしかめた。
「……った！」
「あ！ ご、ごめんなさい！！」
俺の目の前で慌てた様子で謝り、さらに力を弱めながら彼女が話す。
「……大石先輩の二の腕、なんですけどね」
「え……？ な、何？！」
あからさまに動揺した俺に気付かないで、は俺の二の腕を凝視したままで言う。
「どんな筋肉がついてるのかなぁ〜？ ……って思ったんです。先輩は細いのに、ちゃんと筋肉がついてたんですねぇ……」
感心したような口調で言い終えた彼女が、俺の顔をまじまじと見詰める。
「――悪かったな、細くて！」
彼女もまた、半袖から出る俺の二の腕に触れ、思うことがあったようだ。
しかし、その言い方はあんまりだぞ。
まるで、男子として役立たないような音を含んで聞こえるよ。
――そう、軟弱な意味を含んでいるような……な。
俺は少しむくれた声だけを残すように、彼女の脇をすり抜けるように歩き出した。
「へ？ ……あ、ちょっと！ 大石先輩、置いていかないで！ 何で怒ってるんですか？！」
慌てて後ろから付いてくる軽い足音と抗議の声を、あえて聞いていない素振を見せる俺。
少しむくれてしまった俺だけど、彼女の弾んだ息が整ったら笑いかけよう。
それまでには、君に感じた全てのものは、特別な箱に閉じ込めて鍵をかけるから。
もう少しだけ、心の奥底へ沈めておくから――……。
紫陽花が校庭の隅で色付いたなら、冷たい雨が降る６月。
キミが長袖を脱いだなら――……。
あらわになった乙女の頼りない二の腕と、淡い輪郭をかたちどる俺の恋。
華奢な二の腕が嫌というほどに、”女の子”であることを俺に主張する。
脆くも崩れそうな感触が、いつまでも自分の掌を彷徨ったままで――……。
今しばらくは、忘れていたい厄介な感情。
支えてあげたい、と芽生えてしまった厄介な恋情。
すべては、衣替えのせいなのか？
長袖のセーラー制服を脱いだなら、柔らかなキミの二の腕に胸が高鳴り、恋を知る。
――６月は衣替えの季節。
今まで見えなかったものを、垣間見てしまう季節。
今まで知らなかったはずの感情を、知り得てしまう恋の季節。
悲しいほどに降る梅雨時期の雨は――。
きっと……恋を育む命の水。
【ＥＮＤ】