感想・お問い合わせは Web Clap！にて受付中
今日は俺の誕生日。
大人に近付くにつれて、祝われるのが恥ずかしい。
だけど、この世に生まれたことを、感謝したくなる瞬間は……いつもある。
……うん。
「おめでとう！」って、彼女が笑ってくれたなら、それほど嬉しいことはない。
俺の命の誕生を、傍らで微笑み祝うキミ。
時間を一緒に分かち合う。その瞬間が、とても……好きだ。
……うん。
「おめでとう！」って、彼女が笑ってくれるなら、これほど嬉しいことはない。
俺の命の誕生を、傍らで喜び祝うキミが居る。
想いを一緒に分かち合う。その瞬間が、とても……好きだ。
己の命の煌きに
キミという乙女の命の輝きに
今日も神へと感謝を捧げ、胸の内で静かに祈ろう。
――ありがとう。この世に生まれ落ちた俺の命を、祝ってくれる愛しいキミへ。
――ありがとう。キミが居るこの時間に、命育み、生んでくれた我が母へ。
神様、今日という名の１日に、感謝の祈りを捧げます。
そして、願いの祈りを捧げます。
その御手で、尊き命の糸紡ぐ神。
我へと与えられし試練と共に、愛しき幸福の象徴を与え給う。
「ハッピーバースデーです！ 大石先輩！！」
いつも元気なの声が、今日は一段と大きい。ニコニコと上機嫌に笑う彼女。
自分の誕生日のように嬉しそうだが、忘れてもらっては困る。
……ゴホン。
メインは、俺のほうなんだ。
そう、今日は俺の誕生日。
「……うん。……ありがとう」
彼女の声とは対照的に、やや落ち着いた声で俺は答えた。
でも、いつもの爽やかさが、照れに負け、はにかんだ笑みとなる。
”……俺としては、それがちょっと情けないけどな。”
「今年のお誕生日は、ちょっと去年と違うんですよ！」
上機嫌に笑うの声は、大いに弾んでいる。
今日という日のイベントに、ウズウズしているらしい。
「……へぇ〜？ どのヘンが違うんだい？」
の笑いにつられて、目を細めた笑顔のままで俺は尋ねた。
が手に持つ大きな紙袋をガサゴソと探り、俺の目の前で大きな箱を取り出した。
「これが、今年のプレゼントですよ！ プールに連れて行ってくださいね？」
ズイッと勢い良く俺の前へと差し出してきた大きな箱は、俺宛のプレゼント。
「ありがとう！ ……でも、この箱は大きいな」
”プールに連れて行け、と言うくらいだ。……さては、タオルセットかな？”
に答えた俺は、貰ったプレゼントを手に取り、その箱の重さから中身を推測する。
「今年は、熱帯魚関連のプレゼントじゃなさそうだなぁ〜……？」
そう、昨年貰ったプレゼントは、熱帯魚関連の品だった。
”水をろ過する炭を重たそうに、よたよたと持って歩くが、とても印象的だったよな……。”
そんなことを、少し思い返してみる。
「はい！ 毎年似たものじゃ、楽しくないでしょ？ それに今年は、ちょっとヒネリましたよ」
気合充分、自信タップリな表情で、が俺の顔を覗き込む。
”先輩を喜ばせるために頑張ったプレゼントです！”と、言いたげな表情をしている。
”……やけに、自信ありげな顔じゃないか？ のアノ顔。しかし……”
の一言が、俺の心に不安の影を落とす。
「……ヒネリ？」
訝しげに小首を傾げながら、俺はプレゼントの封を解く。薄いグリーンのシンプルな箱が包みから姿を現した。そして、その蓋を開き、空間を埋める紙を除けて中身を手に取る。
――ガササ……。
「……ん？」
”これは……。”
手に触れた感触は、なじみがある。
”……水着の生地じゃないか？ ははっ！ プールに連れて行けって、そういう意味か。”
どうやら、プールには、この水着を持って行って欲しいという要望らしい。
自分の選んだものを、俺の身に着けさせようという魂胆だ。らしいといえば、らしい考え方だ。
目を細めて呑気に笑っていた俺だが、プレゼントをゆっくりと箱から引き上げ、その場で固まる。
「…………」
”……な、なんだコレは！ ど、どういうことだっ？！”
自分の右手に持つモノを見て、俺の心臓が跳ねる。
俺は右手に持ったからのプレゼントを、彼女の目の前で掲げて見せる。
「……これ、のだろ？ どういう意味だよ！」
の目と俺の目に映るのは、紫色のドット柄の女性物水着の生地だ。
「あは♪ それ、可愛い？」
実に嬉しそうに笑っているが、俺へと尋ねる。
さすが、俺にとってのビックリ箱的な彼女だ。
”可愛いどころの騒ぎじゃないぞ！ これで俺の何を隠せというんだよ！！ ……いや、その前に俺の質問に答えてくれ！！”
大きく息を吐き出し、左隣で俺を覗き込んで見ているの顔をチラリと眺めた。実にタチの悪い冗談だ。
しかし、の場合、本気で着てくれとせがむ可能性も否めない。俺の背に冷や汗が流れそうな気がした。
”……勘弁してくれ。いくらなんでも、女性物の水着を着ろなんて言わないでくれよ？”
俺は祈るような気持ちで黙っていた。
水着に対してコメントしない俺に、が少し拗ねた声を出して言う。
「……今年、紫色が流行りらしいですよ？ 女の子らしい、水玉柄にしたのはダメですかぁ？」
の真剣な双眸が、俺の顔に穴が開きそうなほど見詰める。
”流行りの色や水玉柄以前の問題だと思わないのか？！”
内心、冷や汗が流れた。
の行動は、時として、俺の想像を遥かに超える。
「ダメも、何も……っ！ 俺が女性モノを着る訳が無いだろう！！」
俺の一言に、が大きな目をクリリとさせ、きょとんとした表情で居る。
彼女の表情へ、俺はジトッとした視線を送る。
ややして、は何かを思い出したようにポンと手を打った。
「やだなぁ〜！ それは、私がちゃんと着ますよぉ〜？」
「あはは〜！」と、いつもの笑い声を上げながらが話した。
「それが、何で俺へのプレゼントになるんだ……」
”訳が解らないぞ？ ……あぁ、頭が痛い。”
溜息混じりの言葉を発した俺を眺め、がクスクスと笑う。
そして、こめかみを押さえた俺へ、さらに彼女が爆弾を投下する。
「ねぇ、大石先輩♪ ……昔、『水着はビキニが良い』って言ってましたよねぇ〜……？」
の言葉に、胸がドキリとする。
”確かに、Jｒ．選抜の合宿で、そんなコトを言った覚えはある。……それが何かあるのかな？”
「今日は大石先輩のお誕生日ですから、久しぶりに大人な水着に新調してみたんです！」
のクスクス笑いが、含みのある音を響かせる。
「……はぁ……？」
の突拍子も無い話の流れに、俺は困惑の顔つきをして見せる。
「さぁ、先輩！ リクエストしてください！！」
が両手を広げて言う。その表情が、真剣なものに変わった。
「リ、リクエストしてください……？？！」
を目の前にして、俺は大いに戸惑う。完全に上擦った声で、彼女の言葉を復唱した。
「ささ、大石先輩！ 私に、《この水着を着て見せて》って、お願いしてみて下さい♪」
「うふふっ♪」と楽しそうに笑うの口からこぼれた言葉が、俺の目を点にする。
「………………」
さらに、俺の口は彼女の言葉によって閉ざされた。
「どうしたんですかぁ？ さ、早く言ってくださいよ〜っ！！」
だんまりとする俺の両腕をつかんだが、言葉をねだる。
”……ありえない……。”
そう、普通ありえないだろ。こんな展開……。
”なぜ、生誕を祝われるはずの俺が、こんな辱めを受けるんだ？！”
俺はそう思いながら、ガックリと項垂れ、両膝を床へ着いた。
「ちょ……っ！ 何なんですか、そのあからさまな態度はっ！！」
は項垂れた俺の腕を手放し、目の前で仁王立ち姿でいる。
ビックリ箱はおろか、パンドラの箱的だった俺の彼女。
”……泣いてしまいたい……。”
俺は右手に持った女性用水着に視線を移し、心底そう思った。
「大石先輩が、今年もプールに行こうって誘ってくれたから、水着新調したのにぃ〜……」
癇癪を起しそうなの声が、俺の頭上から降り注ぐ。その言葉の語尾は、少し震えていた。
こうなると、俺が折れることになるのは目に見えている。だが――……。
”できれば、折れたくない！”
そう考えた俺は、へ正論法を振りかざす。
「確かに、プールへ行こうとは言ったけど、こんな企画で祝って欲しいとは言ってないよ」
両膝を着いた姿勢で、俺はを見上げた。強い意志を、瞳へと込める。
「大石先輩が凄く喜んでくれるようにって、たくさん考えたのにぃ〜……」
の眉が八の字になり、残念がる彼女の声と共に、悲しそうに伏せられる瞼。
――マズイ予感……。
”泣かれたら、完全に俺が負ける！”
「あっ！ いや……」
慌てて言葉を口にしてしまった愚か者の俺。
俺の言葉を聞いたの瞳が輝き、パアァ〜……と表情を明るくさせた。
「それじゃ、言ってくれますか？ 《着てちょうだい》って♪」
声をルンルンとさせて話す。大きな瞳で俺を見下ろす。
なんとイジワルな、俺の彼女……。
「あ、いや……」
泣かしたくなくて、つい、声をかけてしまった愚かな俺。
当然、の望む言葉を言う覚悟など出来ているはずも無い。
「……ち、違うんですかぁ〜……？」
しょぼ〜んとするの表情が、一気に曇る。
ここまでくると、彼女の両目から激しい雨が降り出すのは、時間の問題。
「あの、な……。その……」
”……結局は、今日も俺の負けなんだな。”
苦しい言い訳のカケラすら、口をついて出ることは無い。俺は１度大きく深呼吸をし、を見上げる。
そして、手に持っていた女性用の水着を彼女へと差し出す。
”……ゆ、勇気を出せ！ 大石秀一郎！！”
我が身を叱咤激励し、奮い立たせ、敗北の言葉を口にする。
「こ、これっ！！ ……き、着て下さい！！」
ヤケクソ気味ではあるが、勢いを込めて言ってみた《お願い》の言葉。
”……が、頑張ったな、俺……。”
勇気を出した俺へと、がポツリと呟く。
「……そんな言い方って……。水着選ぶのに半日もかかったのに……」
「えっ？！」
の言葉に、俺は冷や汗が出る思いでいた。
”これ以上、俺にどうしろと言うんだ？！”
恥ずかしさで、かなり息苦しい気がする俺の赤い顔を、沈んだ表情で見下ろす彼女。
――かなり、マズイ予感……。
の眉間が、一気にギュッと寄った。
――ヤバイ！！
「と、？！」
俺は彼女に呼びかけながら、その細い腕を掴む。
しかし、その手を振り解いたが、両手を腰にあてて立つ。
「大石先輩ってば、プールに行くのに、カノジョが可愛い水着をつけるのはイヤなんですか？！」
腰にあてていた両手を、今度は胸の前で組んで姿勢を正したが、俺を睨み下ろす。
泣くかと思いきや、怒りあらわに抗議した彼女。
”……その威圧感を、さ。誰に倣ったんだ、……？”
仁王立ちするの顔をあんぐりと見上げた俺から、彼女は視線を外し、プィっとそっぽを向く。
「可愛い水着は……イヤじゃない……」
”そりゃ、色気の無い水着よりは……な？”
そう思うのが、男の本音。
だけど……さ。
「それじゃ、ちゃんと《この水着を着て欲しい！》って気持ちを込めていってくれなきゃ、伝わりませんよっ！！」
「……うっ！」
ドキリンコ！と心臓が跳ねる。
ぽやんとしているようで、なかなかスルドイ俺の彼女。
半ばヤケクソに言ったのが、完全にバレている。
”仕方が無い……よな。”
ここまできたら、本音を言って逃してもらうしかない。
「あの、さ。……水着を着てくれるのは、嬉しいよ。……だけどな、それをお願いするのは、ちょっと……。その……、恥ずかしいよ」
俺は、を見上げた姿勢で、やや困り顔で笑ってみせる。絶対に、顔は熟れたトマト状態だ。
そんな俺の顔を見たが、笑い返してきた。
「大丈夫ですよ？ 今は、私と先輩の２人だけですから！」
の瞳が、キラキラと生気に満ちて輝く。
――もう、ダメだ……。
どんなに手を尽くしても、この世には逃れられない試練があると俺は悟った。
そして、先程こぼした勇気のカケラを、全て拾い集めて搾り出す。
「あ、……」
「はい！ 何ですか？』
実に嬉しそうに俺の顔を覗く。
その表情は、何か贈り物を貰えるのを待つ小さな子供のようだ。
”どっちがプレゼントを貰えるほうなんだ……？”
そんな錯覚に陥ってしまう、俺の思考。
「……この水着を、着て……欲しいよ。……ダメ、かな？」
ここまでが、俺の精一杯。
”これ以上、どうかしろと言うのなら、俺は完全に死んでしまうよ！”
顔だけじゃなくて、絶対に耳まで真っ赤になってるはずだ。
「はい！ 良いですよ〜♪」
ウキウキとした声を出して俺へ答えたが、ぴょこんと抱きついてきた。”嬉しくって仕方が無いの！”と、彼女の顔に文字が書かれているかのようだ。どうやら、今の言い方で合格らしい。
「はぁ〜……っ」と、大きな溜息が俺の口から漏れる。そんな俺にお構いなしで、ひっついていたは、大きな紙袋を再度自分の傍へと引き寄せ、その袋の中を探る。
――ガサササ……ッ。
「それじゃ、こっちの水着は先輩が着てくださいね？」
そう話すが袋から取り出し、俺の目の前でかざしたのは、男性用水着。
しかも、半パンタイプでサイドにラインが２本入ったデザインだ。
「大石先輩、以前競泳用のビキニタイプだったでしょ？ でも、あれはお姉さん達の視線を集めるからダメですよ？ ……だから、コレ！はい！！」
は俺の手から紫色のドット柄の女性水着を取り上げると、その代わりに男性水着を持たせた。
”俺が半パンタイプの海パンなのに、は……ビキニなのか？”
不意に、俺の胸の内で生じる疑問。
「……ちょっと待て！ お前もワンピースの水着にしないと、ダメじゃないか！」
冷静な判断力が戻った俺は、が持っているドット柄の水着を掴む。
「え〜〜っ！！ どうしてですか？！ 子供っぽいから、ヤダよ〜〜！！！」
水着をつかんだ俺の手を、ぺちっ！と叩き、は軽く抗議した。
「俺が半パンなのに、何でわざわざ視線を集めるビキニを、お前が着る必要あるんだよ！ ……おかしいだろう？！」
”……そうだよな。他のヤツらに見せる必要は無いよな？”
俺はそう考えて、真顔でコクコクと納得するように首を縦に振る。
「……ひょっとして、ヤキモチですか？♪」
「あはっ！」と、が笑って俺へと尋ねた。
「違うよ！ 他の人には、見せたくないだけだっ！！」
その声に俺は素早く答え、再度ドット柄の水着へ手をかけ、彼女から取り上げる。
「だから、それが……ヤキモチだと思うんですけどぉ〜？」
水着を取り上げられたが、指先を顎にあてて小首を傾げる。
「どうでも良いよ！ ……とにかく、プールでは着るなよ？」
”どう思われようと、に水着を着させないことが先決だからな！”
に念を押すように話した俺は、ドット柄の女性用水着を箱の中へ戻そうとしていた。
「それって……。大石先輩専用ってコトですかぁ〜……？」
何かを考えるような表情で、くりりとした瞳を動かす。
その言葉につられて、水着をしまうことも忘れ、つい俺も考えてしまった。
”俺の家の風呂場で、水浴び……？ それも、狭い室内に２人で？”
う〜んと唸って、辿り着いた俺の結論は……。
”……どう考えても、幼稚園児の水遊びだよなぁ〜！！”
思わず、「ははっ！」と楽しげな笑い声を出してしまった。
「……きゃん、エッチ！！♪」
「あはっ！」と笑うが両手で胸元を隠し、俺を覗き込んでいる。
彼女の言葉とその仕草に、ハッとする俺。
「なっ……？！ お前、何を考えてたんだ〜〜！！」
天地がひっくり返りそうな声を上げ、俺は慌てて水着を箱の中へと押し込んだ。
「お前とは、２度と泳ぎに行かないぞッ！！」
水着を箱に押し込めた俺は、勢い良く立ち上がり、座り込んでいるを見下ろした。
は急に立ち上がって高くなった俺を、つまらなさそうに見上げて口を尖らせる。
「えぇ〜〜〜っ！ それじゃあ、おニューの水着はいつ着て良いんですか〜？！」
”つまんないの〜！”って表情をした後に、クスッと笑ったも立ち上がる。
「あのね、大石先輩！」
ニコッと笑って声をかけてきたが、俺の傍へと擦り寄る。
「な、何だよ？ ……ビキニの件は、保留だぞ！」
「ゴホン……」と咳払いをして、俺は片目を閉じて言う。
「もう！ ……違いますよ……」
急にしおらしい表情をするを見下ろした俺。
静かな瞳の煌きを覗き込む。
「……お誕生日、おめでとうございます。先輩が居てくれること、生まれてくれたことに感謝……です」
先程とはうってかわって、厳かな雰囲気を漂わせたがポツリと呟き、優しく微笑む。
その様子を見ていた俺も、柔らかく微笑んで彼女へと答える。
「ありがとう……」
ぎゅっと抱きつくキミを抱き寄せ、瞼を閉じ、今日も俺は祈りを捧げる。
今日という１日に、キミと母へ感謝しよう。
――ありがとう。生まれ落ちたこの命、一緒に祝ってくれる愛しいキミへ。
――ありがとう。キミが生きるこの時間まで、愛で育み、成長願った我が母へ。
己の命の源へ
乙女の命の源へ
今日も神へと感謝を捧げ、胸の内で静かに祈ろう。
神様、今日という名の１日に、感謝の祈りを捧げます。
”共に生きる幸福を、共に感じる喜びを、愛しいキミと分かち合える嬉しさを……我が神へと感謝します”
そして、願いの祈りを捧げます。
その御手で、尊き命の過去と未来の糸紡ぐ神。
我が生の祝着に、愛しきキミを遣わせし、我が神よ。
我へと与えし試練と共に、キミという名の幸福を与え給う。
我が神より、我へと遣わせられし、心優しき我が乙女。
現在《いま》も傍に在るように。
未来《あす》も傍に在るように。
我の生誕を、天で祝いし、我が神よ……。
小さき命の祈りと願い、捧げし言葉を聴き給う。
【ＥＮＤ】